表紙
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「ラルフのアニキ。めずらしい女の子捕まえましたよ」

 

 うれしそうにラジーがやってきた。
 特殊任務がやっと完了して休息中だというのに、まだ革の鎧を着こんでいる。

 

「ほら、見てくれよ。肌とか目の色、すげーでしょ」
「また都をうろついていたのか、ラジー」

 

 ラルフはため息をつく。せっかく休みをもらったのだからキャンプ内でゆっくりしていればいいのに、彼はじっとしていられないようだ。

 

「にらまないでよアニキ。男前がにらむと怖えーんですよ」
「にらんでない、呆れてるだけだ」

 

 ラルフは娘に目を移した。
 両手首を縄で縛られて、先端をラジーに握られている。年のころは16、7だろうか。
 確かに異質な容姿をしていた。
 蜂蜜色の肌と、薄い緑の目。この辺りではめずらしい色合わせだ。

 

 だがそれよりもラルフの気を引いたのは、彼女の目つきだった。
 娘は今にもとびかからんばかりの勢いでこちらをにらみつけている。敵兵を前にしてこういう目つきができる女はめったにいない。

 

「ウォード人じゃないな。移民か」
「たぶんそーじゃねぇかな。この国のやつらみんな白いし」
「あたしはウォード人よ」

 

 少女が口をひらいた。険をふくんだ声音だ。

 

「――成程。じゃあ混血か」
「あなたには関係ない」
「こたえておいた方が身のためだぞ」

 

 ラルフは彼女のあごをつかんで、上向かせた。

 

「何するの」
「紅をつけてるな。ただの平民じゃない。どこの家の者だ」
「アニキ、ベニってなに?」

 

 ラジーが口をはさんだ。

 

「女の化粧だ。金持ちの道楽とでも言えばいいか」
「――あたしは平民よ。金持ちなんかじゃない」

 

 緑の瞳が至近距離でにらみ上げてくる。
 肝のすわった女だ。

 

「名くらいは教えてもいいだろう?」
「……アルマよ。アルマ・リウ」

 

 リウ。聞いたことのない姓だ。有力な貴族ではないかもしれない。もっとも、偽名でなければの話だが。

 

「アニキ、この子どーすんの? ちょっと変わった場所で見つけたんスけど」
「どこだ」

 

 ラルフは彼女――アルマから手を離す。

 

「ウォード城の地下牢。ほかにも2人くらいいたんだけど、みんな死んでてさ。もしかしてこの子罪人なんかな」
「紅をさした罪人か」

 

 アルマは唇をかんでうつむいた。
 訳ありか。ラルフはラジーに言った。

 

「彼女はオレが預かろう。あとで班長に報告するから、この件は他言するな」
「アニキ、タゴンってなに?」
「……黙ってろ、ということだ」

 

 わかった! と言ってラジーはどこかへ駆けていった。じっとしていられないやつである。
 班長に報告する前に、アルマからある程度のことを聞いておかなければならない。ラルフはテントの中に彼女をうながした。
 ラジーと共有で使っているのだが、中は狭く、置いてあるのは工兵が即席で作った木製のイスが一脚と、すみの方に積んだ寝床用のワラ、そして荷物で膨れたかばんが2人分あるだけだ。

 

 ラルフは手縄をそのままに、アルマをイスに座らせた。
 アルマが口をひらく。

 

「帝国兵はウォード人を皆殺しにするって聞いたわ。まるでけだものね」
「おまえこそ、城の地下に入れられるなんて相当なものだろう。通常罪人は都の外の刑務所に送られるはずだ。一体なにをした?」
「あたしは何もしてないわ。身に覚えがないのにいきなり捕まったの」
「罪人はみなそう言うんだ」
「これからあたしをどうするの?」

 

 臆することなく、アルマはこちらを見上げてくる。
 翠玉(すいぎょく)のような緑眼があざやかに煌めいて、ラルフは不覚にも見入ってしまった。

 

「ねえ、聞いてるの」

 

 ラルフは我にかえった。

 

「――捕えたウォード人は捕虜として帝国へ連れていく。特別な事情がない限り、お前もそうなるだろう」

 

 アルマはうつむいた。

 

「さっきの、あの兵士。地下牢に入ってた人はみんな死んでたって言ってたけど、本当なの」
「そうだと思うが」

 

 嘘をつく理由がない。

 

「そう」

 

 そのままアルマは沈黙した。表情に深く影がさしている。

 

「親しい人間でもいたのか」
「家族よ」

 

 押し殺した声でアルマはこたえた。ラルフは言葉につまり、テント内に沈黙が満ちた。
 やがてアルマの頬を、耐えかねたように一粒の涙がつたった。アルマは隠すように顔をそむけ、縛られたままの手の甲で無造作にぬぐった。
 縄の食いこんだ手首が、赤い。
 気づけばラルフは、その手首をつかんでいた。
 アルマは驚いたように顔を上げた。

 

「何するの」
「いや――わからない」

 

 素直にこたえたら、アルマの目に初めて怯えが走った。

 

「離して」
「怯えるな。オレは捕虜の女に手を出したことはない」
「じゃあどうして離してくれないの」

 

 それに対するこたえを、ラルフは持たなかった。
 言葉を失っていると、徐々にアルマの怯えが濃くなっていく。ふたたび目に涙が盛りあがった。
 その涙にも手を伸ばしかけて、アルマが身を震わせたとき、テントの幕が上がった。

 

「アニキ、班長がテントに戻ってましたよー。ヒマそうにしてたから行って来たらどうっスか?」

 

 間一髪で手を離した。ラルフはすぐに言った。

 

「わかった。報告してくるから、おまえはここで彼女を見張ってろ」
「ハーイ。あれ、もしかして泣いてんの。大丈夫?」

 

 ラジーがアルマを覗きこむ。その行為になぜか苛立ちを覚えて、ラルフは口をひらいた。

 

「彼女にあまりかまうな。すぐに戻る」
「ハーイ」

 

 ラルフはテントを出た。
 自分の両手を見おろした。
 ――危なかった。
 自制心は強い方だ。戦場ではテンションが上がるより冷静になるタイプなので。女を求めたこともない。
 なのにあと1秒ラジーが遅かったら、彼女に何をしていたのか自分でもわからなかった。

 

 

 

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