表紙
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 この事態を想定しておくべきだった。
 ラルフは食堂用のテントに足を踏みいれたとたんに後悔した。

 

「オイオイ勘弁しろよ。キャンプに女連れこむなんざ頭おかしいんじゃねえのか」

 

 先に席についていた2人のうち、大柄の方がそう言い放った。
 パース・ケイジは何かとラルフにつっかかってくる男だ。同じ18歳で同期、さらに階級も同じ士長である。ライバル視してくるのは結構だが、暑苦しいことこの上ない。

 

 パースの隣で、二等兵のトム・ツイードが慌てて「パースさん言いすぎです」とたしなめている。
 アルマはパースの物言いに固まっていた。ラルフは舌打ちをする。

 

「黙れパース。班長から彼女を保護するように命じられている。口汚い物言いは引っ込めろ」
「何だと。おまえはまたそうやってオレをバカにして――」
「ハイハイ、ケンカはそこまでよ」

 

 テント裏の厨房からジーナがでてきた。艶のある長い髪をひとつにくくっている。
 アルマの姿に気づいて、目を丸くしたあとニヤっと笑った。

 

「あら可愛いコ連れてるじゃない。弟ながらイイ男だってのに女っけがサッパリだから心配してたんだよ。さ、ごはんついであげるから3人とも座って」
「どもっス、ジーナさん」

 

 ラジーはいそいそとイスに座った。
 ジーナはカイト班の炊事や洗濯など、身の回り全般のことを担当している。彼女らを役婦(えきふ)といい、各班のキャンプに2人ずつ配属されていた。

 

「それであなたはなんていう名前なの、黒髪のお嬢さん」
「……アルマよ」

 

 警戒心いっぱいの目つきでアルマはこたえる。
 ジーナはニコリと笑った。

 

「いい名前ね。あたしはジーナ。そこに立ってる不愛想な男の姉よ。よろしくね」

 

 アルマは驚いたようにラルフを見上げた。緑の目でじっと見つめられ、なぜかいごこちが悪くなる。
 ジーナとはよく似た姉弟だといわれる。もう1人本国に妹がいるのだが、全員母親似だ。
 もっとも父親は皆バラバラで、顔すらわからない者もいるので、比べようもないのだが。

 

「絵になる姉弟っスよねー。そういやアルマには兄弟いんの?」

 

 ラジーの問いに、アルマは沈黙した。
 これまでに、家族構成などのまともな情報をひとつも得ていない。こたえなかったり、嘘をつく可能性が捨てきれないため、もう少し様子を見るつもりでいたからだ。

 

「あたしの家族のことは、あなたには関係ないわ」

 

 やはりアルマはこたえない。
 ラルフにとっては想定内だったが、パースからすると鼻につく態度だったようだ。

 

「おい女。やけに偉そうな態度をとるじゃねェか。どこのお嬢さんか知らないが、軍には軍の規律ってもんがある。新入りは先輩の命令に絶対服従だ。わかったらさっさとラジーの質問にこたえろ」
「この人が――ラジーがあたしを無理やりここに連れてきたんじゃない。規律なんか知らないわ。ラズール軍なんて年中戦争ばっかりしてるただの殺人集団でしょう」
「何だと。女なら甘くしてもらえると思ってたら大間違いだぞ」

 

 パースがイスから立ち上がった。
 ラルフはアルマの前に出る。

 

「確かに今のはアルマが言いすぎた。だがこっちにも事情がある。今は引いてくれ」
「そうだな、一見して訳ありだ。肌の色、目の色、どっから見てもウォード人じゃねぇ。ましてやこっち側でもない。いったい何者なんだおまえは」
「彼女は戦争に巻きこまれた移民だ。他に報告すべきことはすべて班長に上げている。知りたければ班長のところへ行け」
「てめえに聞いてンじゃねえよ。そっちの女に聞いてるんだ」
「同じことだ。彼女の保護を命じられたのはオレだと言っただろう、低脳」
「なにっ」

 

 最後の一言は余計だった。パースが相手だとつい口がすべってしまう。
 激昂するパースを、トム・ツイードが慌ててとめた。

 

「パースさん落ち着いてください。食堂でケンカするとまたジーナさんに食事抜きにされちゃいますよ」
「む……」

 

 パースの動きがとまった。
 トムは入隊当初からパースの下についているので、扱いに慣れている。いつもオドオドして、剣の扱いは班内で一番ヘタなのだが、パースの横に置くと意外な力を発揮するため重宝されている。

 

「トムの言うとおりよ。ここでケンカは厳禁。せっかく作った料理がまずくなるじゃない。さあパースとトムは食べ終わったんならさっさと出て」

 

 ジーナに尻を叩かれ、渋々といった風でパースはトムと共に出ていった。
 ラジーが「ああ怖かった」と息をつく。

 

「アニキとパースさんが鉢合わせると嵐になるから怖いんスけど」
「あいつがいつもつっかかってくるんだ」

 

 ラルフはイスを引き、アルマに座るよううながした。アルマはうつむきながら、小さな声で言った。

 

「ありがとう、ラルフ」

 

 ふい打ちだった。
 言葉を失っていると、アルマは静かに腰をおろした。

 

 

 

 

 庇ってくれたのだと、アルマは思った。
 あのパースとかいう乱暴な兵士に怒鳴られたとき身がすくんだ。それを表に出すまいと必死だったが、あれ以上凄まれたら崩れていただろう。
 だが、ラルフが前に出てくれた。彼の背中は広くて、凛とした力に満ちていた。
 さっき手首をつかまれたとき、この人は危険だと思った。でも今度は安心感を覚えている。

 

 ジーナが食事を運んできた。
 献立は質素で、肉だんごのスープとパン、少しのサラダだ。昨日から何も口にしていないのだが、胃におもりが沈んでいるようで食欲がわかない。都の壁が破壊されてすぐに、地下牢に閉じこめられたからだ。
 あの時のことを思い出すと、全身に鳥肌がたつ。
 そしてもう、自分はたった一人で、もと通りには戻れないのだと悟った。

 

 

 

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