表紙
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「アニキ目赤いっスよ。だいじょーぶ?」
「問題ない」
「にしても朝は寒みーなぁ。アルマはこんなんでも寒くないの」
「これで寒いなんてこと言ってたら冬は越せないわ」

 

 寝ぼけた頭で2人の会話を聞きつつ、食堂の幕を持ち上げる。中には2人の先客がいた。

 

「おはようございますラルフ先輩! ラジー!」

 

 勢いよく立ち上がって敬礼したのはクリフ・メイダだ。入隊2年目の二等兵である。
 あいさつを返しつつ、ラルフはもう1人の人物に一礼した。

 

「おはようございますラグナ副長。昨日ご報告に上がろうかと思ってのですが、時間がなくかないませんでした。申し訳ありません」
「おはよーございます副長」
「おはようラルフ、ラジー。いいよ、そちらのお嬢さんのことはカイトから直接聞いてる」

 

 彼は朝に似つかわしい爽やかな笑みを広げた。カイト班の副長ラグナ・マルス伍長である。役婦の誰もが黄色い歓声を上げるほど甘いマスクをした青年だ。

 

「朝ごはんもうちょっとでできますから待っててくださいね」

 

 厨房からケイトの声が聞こえてきた。ジーナとともにカイト班の役婦をしている少女で、ラグナの妹だ。
 ラグナとクリフにアルマを紹介して、ラルフはイスに座った。ラジーとアルマもそれに続く。
 ラグナが言った。

 

「ラルフはずいぶんと目が赤いな。先の作戦の疲れがまだ残っているのか?」
「いえ、ちょっと昨夜寝つきが悪かったんです。普段は4、5日寝なくても平気なんですけど」

 

 あれは精神的にクる。

 

「ふふ、大変そうだな。あまり無理するなよ」

 

 ラグナ副長には昔から何もかもを見透かされているような気がしてならない。
 興奮気味にクリフが喋り始めた。

 

「王都侵攻うまくいってるみたいですよ。都内は制圧完了して、あとは城の上層部に立てこもってるウォード兵を倒すだけなんだそうです。そこに王と第一王子もいるみたいです。あと少しですよ。やっぱり我が軍は常勝ですね」

 

 アルマの表情がゆがむ。
 まずいと思った時にはもう、彼女は口を開いていた。

 

「何が常勝よ。絶えずケンカをふっかけてるだけのガキ大将じゃない。マリル姫様がそっちに嫁がれてすぐ、戦争を仕掛けてくるなんて非道だわ。あなたたちは世界一の嫌われ者よ」

 

 クリフは目を見開いたあと、しゅんとうつむいた。
 村や町を制圧すれば、住民から似たような言葉を投げつけられることがたびたびある。
 パースなどは逆ギレして終わりだが、クリフのような少年だとこうしていちいち落ちこんでしまう。

 

 マリル姫のくだりは事実なので、正直かえす言葉がない。ウォードの第一王女を妻として迎えた二年後、若き皇帝は侵攻を開始した。
 だが皇帝の考えなど一介の兵士には全くわからないのだ。

 

「アルマ、ここではそういう発言は控えろ。余計な火種をまくことになるぞ」
「約束できる自信がないわ」
「じゃあ努力してくれ」

 

 返事がかえってこない。しばらくして、ケイトが朝食を運んできた。

 

「遅くなってごめんなさい。ゆっくり食べていってくださいね」

 

 メニューは卵焼きにベーコン、スープとパンだ。朝食にしてはいつになく豪華である。ラジーは目を輝かせた。

 

「うまそー! いただきますケイトさん」
「おかわりあるからいっぱい食べてね」

 

 ケイトが可憐な唇で微笑んだ。
 食事が豪華になったのは、王都にあった食材を手に入れたからだろう。アルマはそのことに気づいていないのか、黙ったままだ。
 そこへケイトが、アルマに手を差しのべた。

 

「初めましてアルマちゃん。ケイト・マルスです。女の子が増えて嬉しいわ。これからよろしくね」

 

 アルマは戸惑ったように視線を泳がせ、沈黙している。ラグナが妹をたしなめた。

 

「ケイト、彼女はこの戦争に巻きこまれて大変な状況なんだ。あまり困らせてはいけないよ」
「そうなの。ごめんなさい、大変だったのね。ここはみんないい人なかりだから、ゆっくりしていってね。退屈だったら本を貸すわ。少しだけど、本国から持ってきてるの」

 

 ケイトはアルマの身の上話を信じきっている。ラルフはあらためてアルマの不安定な立場を考えた。
 彼女の今後はカイト班長の上、司令らの判断にゆだねられている。それはおそらく、戦況が落ちついたあと――王城陥落後に伝えられるだろう。
 もし、とラルフは思う。
 もしアルマが処刑されることになったら自分はその時どうするのだろう。想像しただけで腹の底が震えた。そんな自分をラルフは持て余している。

 

 

 

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