表紙
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 本当はこんなところ、1秒だっていたくない。
 けれどラルフが四六時中側にいて逃げ出すスキがない。
 夜は夜で、少し身じろぎしただけでラルフは目を覚ましてしまう。眠りが浅いのか、軍人とはもともとそういうものなのか分からないが、とにかくアルマはいつもラルフに監視されていた。
 このような日々が3日続いた。

 

「ウォード軍ねばるよなー。城の上層部に立てこもってまだ崩れないってさ。どうせ負けるんだからさっさと降伏しちゃえばいいのに」

 

 言葉のあとにあくびが続く。
 朝なのにラジーはなかなか毛布から出てこない。
 最初のうちは彼らが戦況を語るたびにピリピリしていた。でも最近はその気力が失せてきている。特にラジーはおしゃべりだ。こちらに気を遣うという神経を持ち合わせていない。

 

「第一王子ってのがやたら強いらしくてさ。残りたった100人の近衛隊なんだけど、そいつらもめっちゃ強くてビクともしないらしいっスよ。見てないからわかんないけど、城の造りも攻めにくくなってんのかな。こんなのがあとひと月続いたら冬になっちゃうよ。ねーアニキ、ウォードの冬ってヤバいんでしょ。凍死するくらいなんでしょ。そーなったらオレらどーすんの?」
「本国へ撤退だな」

 

 ラルフはやたらガタガタするイスに腰かけている。
 冬までしのげれば何とかなる、という話はアルマも聞いたことがある。
 今日は雨だ。雨粒がほとほととテントを叩いている。

 

「えーまじかー。ここまで来てさぁ。あいつら絶対それ狙ってるよな。降伏しねえよな」
「ウォードは降伏しないわよ」

 

 ぽつりをアルマが言った。

 

「やっぱ撤退狙ってんの?」
「それもあるけど、王様が激怒してるのよ。戦争が始まったあとに、マリル姫様が皇帝に殺されたっていう噂が流れてるの。そっちのことはラジーのが詳しいでしょ」
「殺してないでしょ、幽閉してるって聞いたけど」

 

 ラジーは首をかしげた。

 

「でもさ、勝てないと給金減るじゃん。どーやって食ってけばいいんだよ。困るなー」
「……ラジーは貧乏なの?」

 

 ストレートに聞いてみると、ラジーは特に気を悪くした様子もなくうなずいた。

 

「当たりまえじゃん。軍人は貧乏なやつがなるの。上の方には貴族っつー金持ちもいるけどさ、そいつらは最初から上にいるもん。一等兵から始めるようなやつらはド貧乏ばっかだよ」
「じゃあラルフもそうなの?」
「まあな。軍人は宿舎がタダで使えるし食事もそこから出る。さらに給金まで出るから、腕に自信のないやつでも大勢志願する。だが訓練は厳しい上に出征が多いから、逃げてくやつが大半だ」

 

 ラルフはそうこたえながらも、アルマと目が合うとさりげなくそらす。彼はいつもこんな感じだ。

 

「あんだけの給金じゃ足りねーよ。仕送りもしなきゃなんないしさ」
「仕送りってどこに?」
「家族に決まってンじゃん。オレ弟が4人いるの。その1番上。とーちゃんが戦争いって死んで、かーちゃんしかいないからさ」
「……そう」
「でもさ、アニキのが貧乏ハンパないっスよね! なーんも買わないし遊びにも行かないし。給金は丸ごと仕送り、みたいな。ジーナさんもそんな感じなんスか? 5番街の雑貨屋で働いてんでしょ?」
「働いてるが給金ぜんぶ送ってるってのはウソだ。オレの家族はジーナと、あとは母親と妹が1人だけだから、そこまで困窮してるわけじゃない。オレとジーナが2人で、妹と母親を養ってる」
「お母様は働いていないの?」
「病気なんだ。悪い男にうつされた。そろそろ頭にも回ってきてる。色町によくあることだな」

 

 アルマは言葉を失った。
 ラジーは何も気にしていないようで、アルマの方に身を乗り出した。

 

「アルマはどうなの? やっぱり金持ち?」
「……貧乏ではないと思うわ」

 

 三階建ての美しい屋敷と、ていねいに手入れされた庭。華美な調度品と多くの召使いに囲まれて、アルマは暮らしていた。

 

「でもお金がある代わりに、父は忙しくていつも家にいなかったし、母は……母と祖母とは、あまり関わりがなかったから」
「へー、かーちゃんと仲悪いの? 金持ちって変わってンなぁ。兄弟はいた?」
「いたわ」

 

 なぜだろう、今日は饒舌になっている。気がゆるんできたのか、もしくはさっきのラルフの話に衝撃を受けたからなのか。
 ラルフが口を開く。

 

「それは兄か?」
「どうして知ってるの」

 

 不安がじわりと広がった。ラルフはどこまで知っているのだろう。

 

「この前アルマが寝言で呼んでたのを聞いたんだ」
「えっ寝言? あたし他にもなにか言ってた?」
「何も。ただ……おまえはとても悲しそうだった」

 

 ラルフは深い声でそう言った。痛みをふくんだ声音に、アルマは胸をつかれた。
 動揺を隠すためにラルフから目をそむけ、言う。

 

「悲しいのはあなたたちのせいだわ。帝国が攻めてきたから、あたしたちはあんなところに閉じこめられたのよ」

 

 ラルフはきつく眉を寄せたまま沈黙した。

 

「てことはさ、アルマが城の地下にいたのはこの戦争と関係あるってこと?」

 

 アルマは目を見開いた。

 

「んでとなりの牢で死んでたのが兄貴とかーちゃん?」
「……そうよ」

 

 声が震える。兄の姿が眼裏によみがえる。

 

「じゃあ一家で捕まったの? それで兄貴とかーちゃんは毒殺されちゃったのかー。とーちゃんとばーちゃんは? 牢にはいなかったよな。2人だけうまいことやって逃げたか、もしかするととっくに処刑されて」
「ラジー!」

 

 鋭くラルフが制した。
 アルマは震える体を、自身の両腕で抱きしめた。ラルフがすぐそばに来て、言った。

 

「大丈夫か?」

 

 声にいたわりがこめられている。

 

「……一人にして」
「それはできない」

 

 ラルフが低い声で言う。

 

「ご、ごめんアルマ。オレそんなつもりじゃなくて」
「ラジー、おまえは外へ出ていろ」
「ハイっ」

 

 バタバタとラジーが出ていく音がした。アルマがうつむいたままでいると、ラルフの手が置かれた。雨に閉じこめられているような静寂があった。

 

「ラジーが申し訳ないことをした。悪意はないんだ」
「……いいの。わかってるわ。あなたたちはあたしを捕虜以上に扱ってくれてる。敵国の民として過ぎた待遇よ。感謝してるわ。でもどうして?」

 

 アルマはゆっくりと顔お上げ、ラルフの目を見た。いつものようにそらされはしなかった。

 

「あなたはあたしのことをどこまで知っているの」
「……オレが知っているのはアルマという名の、緑の目をした娘ということだけだ」

 

 彼の手がのびて、アルマの髪をなでる。その手があたたかくて、アルマは戸惑った。

 

「じゃあどうしてそんなに優しいの」

 

 ラルフが驚いたように目をみはった。パッとアルマから手を離す。

 

「オレはもともと――こういう性格なんだ」
「どうしたの。耳が赤いわ」
「これも、もともとだ」

 

 ふたたびラルフはアルマから目をそらした。
 しばらくの沈黙ののち、アルマはなんだかおかしくて、笑ってしまった。

 

「へんなラルフ」
「そ、そうか」
「うん。でもありがとう」

 

 そういって微笑むと、ラルフはさらに赤くなり固まってしまった。
 ここは敵地だ。帝国兵は嫌いだ。でもラルフはやっぱり、どこかちがう気がした。

 

 

 

 

 ラルフは途方に暮れている。
 自分で自分がわからない。
 ラジーはまだ戻ってこない。アルマはワラの上に座って、ケイトが持ってきてくれた本を読んでいる。ラルフはイスに座ってひたすら剣の手入れをしている。磨きすぎてピカピカだ。

 

 『捕虜以上の扱いをしている』。確かにその通りだ。ラルフは彼女を厚遇している。それは彼女の正体がはっきりしないということもあるが、ラルフの意志も過分に働いている。

 

 アルマが小さくくしゃみをした。そうするとこの手は勝手に毛布をつかみ、彼女の肩にかけている。全自動だ。だがそんな自分をいつまでも「わからない、不可解だ」といって悩むほど、ラルフは子供ではない。
 だから本当はもう、わかっているのだ。

 

 

 

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