表紙
1 2 3 4 5 6 [7] 8 9 10 11 12 13 fin.

 

 昼には雨があがり、空腹のラジーが戻ってきた。昼食をとりに行くため、ラルフとラジーとで歩いていると、後ろから呼び止められた。
 食堂でつっかかってきたあの兵士だ。ラルフが嫌そうに眉をひそめた。

 

「何だパース」
「班長と副長が読んでる。一人で来いとのことだ」

 

 パースという兵士も、ラルフに負けず劣らず嫌そうだ。とことんウマが合わないのだろう。

 

「わかった。ラジー、アルマを頼む。食事がすんだらテントに戻ってろ」
「ハーイ」

 

 ラルフは一度アルマに目を向けたあと、立ち去っていった。
 彼がそばからいなくなることは今までに何度かある。でもそのたびに、どこか心もとない感じがするのはなぜだろう。
 ふたたび食堂用のテントへ行こうとした時、パースが低く言った。

 

「ちょっと待て女」

 

 ぶしつけな呼びかけだ。ラルフがパースを嫌う理由がわかる。アルマは渋々ふりかえった。

 

「なに?」
「おまえに個人的に話がある。オレのテントに来い」
「ち、ちょっとパースさん困るっスよ」

 

 ラジーが慌てて間に入った。体格のいいパースは、ラジーを上からにらみつける。

 

「オレはラルフと同じ士長だ。彼女の保護を代行して何の問題がある」
「そりゃそーですけど……でもオレ、アニキに怒られちゃいますよー」
「あたしは行かないわ」

 

 アルマは首をふった。これまでのパースの言動を見る限り当然の選択だ。
 だがパースは意味ありげな視線を投げてきた。

 

「いいのか。ついてこないと後悔すると思うが……。他の班が捕えたウォード人がいるんだが、おかしなことを言っているらしい。『城の地下に捕まっている一家を保護しろ』とほざいてるんだと。でだ。『その一家の中に蜂蜜色の肌に緑の目の少女がいる』と主張してるらしい。その兵は金髪に茶色い目の17、8の男なんだが、おまえ、心当たりはあるか?」

 

 頭からスーっと血の気が引いた。
 ラジーが困惑した表情で、こちらを覗きこむ。

 

「アルマ早く行こーよ。食堂まで行けばジーナさんがうまいこと言ってくれるよ」
「……いいの、ラジー」

 

 のどに舌がひっついて、うまく喋れない。
 パースが口端をゆがめるように笑んだ。

 

「この人の話を聞くわ。ラジーは食堂に行ってて」
「なんで。絶対ヤバいって。パースさんアニキがらみになるとすぐプチってイっちゃうから危ないって」
「全部聞こえてるぞ、ラジー」

 

 さらに慌てるラジーに、アルマは「ごめんね」と謝って、パースに向き直った。
 震えそうになる両足を踏んばって、彼を見上げる。

 

「話を聞くわ。あなたのテントに連れてって」

 

 

 

 

 テントの造りはラルフのとそんなに変わりなかったが、ワラや荷物などが整然と並んでいて、スッキリしている。パースが綺麗好きとは思えないから、あのオドオドした後輩が片しているだろう。

 

「ここに座れ」

 

 木製のイスにアルマは腰かけた。パースは腕を組んで正面に立ち、上から下までじろじろとアルマを見た。

 

「なによ。気持ち悪いからあんまり見ないで」
「減らず口を叩くんじゃねえ。ラルフは許したかもしれねェが、オレはちがうぞ」

 

 パースは低く凄んだ。アルマはにらみ返したまま沈黙する。こんな話がしたいわけではないのだ。

 

「おまえのことは戦争にたまたま巻きこまれた移民だと聞いている。確かにその見た目はウォード人じゃねぇ。だがおまえの言動はウォード人そのまんまだ。帝国軍人を嫌い、蔑み、戦況に怒りを感じている。
 引っかかる点はもう一つある。おまえの待遇だ。ただの移民がどうしてここまで厚遇されているんだ。おまえは本当にただの移民なのか」
「確かに厚遇されてると思うわ。でもあたしに理由はわからない。話すべきことは全部ラルフに言ってる。聞きたいならラルフに聞いて」

 

 後半部分はウソだ。アルマはラルフに話していないことがたくさんある。

 

「それよりもウォード人の捕虜のことを教えて。彼の名はなんていうの」
「自分からはなにも離さずに情報だけ引き出そうってことか。そりゃ都合のいい話だな」

 

 口もとは笑っているが、目の奥は狂暴に光っている。

 

「何でオレがあいつから教えてもらわなきゃならねぇんだ。同期入隊で階級も同じ、実力だって劣ってるとは思えない。なのにいつもラルフばかりが重用される。おおかた班長や副長におもねって覚え良くしてるんだろうよ。今回のおまえの件だってそうだ。班長と副長とあいつで絶対なにか隠してやがる。なにを隠してるのかさっさと言え」

 

「今の話で、なぜあなたが徴用されないのかよくわかったわ。きっと班内で分かってない人間はあなた一人だけね」
「なんだと? 捕虜の分際でよくもぬけぬけと――」

 

 パースは色めきたった。
 だがふと何かに気づいたように口をつぐんだ。

 

「……待てよ。こちら側におまえを厚遇しなきゃならない理由があるということか。そしておまえは王城の地下牢に入れられていた……」

 

 ひとり言のようにぶつぶつ呟いている。アルマは息をつめた。ゆっくりとパースがこちらに目を向ける。

 

「捕まえたウォード人は貴族出の少尉だ。そいつがわざわざ保護を求めるってことはおまえもお仲間ってことだろう。つまり貴族……。おまえ――アルマだったか。姓は何という?」
「……そのウォード人の男は少尉なのね」
「おい、質問にこたえろ。偽名を使うなよ」
「言いたくないわ」
「ラルフには言ったんだろうが」
「だからラルフに聞いてって言ってるでしょ。もうあなたと話すことはない。戻るわ。そこをどいて」
「ふざけてンじゃねえぞ」

 

 パースが唸るように言った。アルマはイスを降りる。

 

「ふざけてるのはそっちでしょう。ラルフに聞けばすむことじゃない。帝国兵はいつもこんな仲間割ればかり起こしてるの。やっぱりケダモノね」
「ラルフラルフっておまえもあいつに取りこまれたクチか。おまえそんな肌の色してるけど貴族だろ。大嫌いな帝国軍人なんかにたぶらかされて情けない女だな」

 

 アルマは笑った。

 

「あなたはラルフの人望に嫉妬してるだけじゃない」
「何だと」
「もういいでしょ、戻るわ。もうこんなところ1秒でもいたくないわ」

 

 もう必要な情報は手に入れたのだ。アルマはパースの横を抜けて出口に向かおうとした。
 その時パースの腕が伸び、アルマの首をつかんだ。声を上げる間もなかった。
 持ち上げられ、両足が宙に浮き、息苦しさにアルマはもがいた。するともう片方の太い腕が腰に回され、体を支えられた。
 それでも首をつかんだ手の力は弱まらず、アルマは歯の間から声にならない声をもらす。

 

「さっきから言葉が過ぎてンだよ」

 

 地を這うような低い声が耳朶をうつ。彼の全身からは、怒りが満ちていた。

 

「はなし、て」
「オレはラルフほど甘くないって言ってンだろうが。生意気な女は大嫌いなんだよ。泣いて謝ったってもう遅いぞ。泣きすがる女は嫌いじゃないがな」

 

 悪趣味きわまりない。言いかえそうとしたが、のどが苦しくてできなかった。

 

「あとは――無力な女も、嫌いじゃない」

 

 すぐ間近にパースの両目がある。
 ねばりつくような嗜虐性をそこに見て、背筋に冷水がつたった。
 ラルフと初めて会った時に感じた恐れとはまたちがう。
 捕食する者への、根源的な畏れだった。

 

 

 

表紙
1 2 3 4 5 6 [7] 8 9 10 11 12 13 fin.

 

 このページにしおりを挟む
 トップページへ戻る