表紙
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「グレン・ハーシェル少尉、ですか」

 

 ラルフの問いに、カイトはうなずいた。

 

「ああ。お隣のサリス班が捕まえたウォード兵だ。この名前についてアルマが何か言ってなかったか?」

 

 イスの上で足を組み、カイトは言う。副長のラグナはその隣に控えている。

 

「いえ、ありません。アルマが喋ったことは先ほど申し上げたことのみです」

 

 父、母、祖母、そしておそらくレトという名の兄がいること。
 母と兄は城の地下牢に別々に入れられ、獄死していることである。

 

「その家族構成で、兄の名がレトか。『アルマ・リウ』が偽名だと仮定するとほぼ決まりだな。彼女はあの『カムセル家』の長女だ。ラグナ、おまえの考えは?」
「オレも同じだ。ラルフも見当はついてたんだろう?」
「もしかしたら、と思っていました。オレもあの特殊任務隊の一員でしたから、カムセル家の名前くらいは知っていたので」

 

 破竹の勢いで突き進んでいた帝国軍だったが、王の首の一歩手前、王都を囲む堅牢な壁を前に足を止めざるをえなかった。

 

  高く、厚く、入りこむスキがない。破壊することも困難である。壁から都市部まで距離があり、投石しても届かない。
  だがしょせんは籠城、中の食糧が尽きるまでこのまま囲んで待てばいい。それが定石(じょうせき)なのだが、ウォードの地ではそうもいかなかった。

 

 ウォードに間もなく冬がやってくる。緯度の低いこの地はとかく冬が厳しい。吹きすさぶ風雪の中では士気を保つのが困難だ。キャンプが豪雪で埋まれば凍死者も出るだろう。

 

 むろんそのことはウォード側も十分わかっていると思われた。
 だからこそ北風に運を託し、籠城したのである。

 

 窮まった帝国軍は、そこで奇策を打ち出した。
 その特殊任務を請け負ったのがカイト班やサリス班などであり、この作は見事成功して王都を陥落させるに至る。

 

 そしてアルマはその作戦にかかわった『ウォード側』の関係者である可能性が高いのだ。つまりこちらに寝返ったスパイである。

 

「そのグレン・ハーシェルに会うことはできますか」
「ああ。サリスに言って身柄をこっちに移させることもできるぞ。どうする?」

 

 そうするとアルマとグレン・ハーシェルが顔を合わせることになる。それでアルマの身もとははっきりするだろう。
 つまり、今後のアルマの処遇もはっきりするということだ。それが彼女にとっていい方向に運べばいいのだが。
 ラグナが口を開いた。

 

「サリス班長はグレン・ハーシェルとアルマを早々に引き合わせて身もとを明らかにした方がいいと言っていたよ。彼女は曖昧なことを嫌うからね。それにこれは我が班の話だけど、そろそろアルマの素性を誤魔化すのは限界に来てる。みんなちょっとおかしいと感じてると思うよ。さらにラルフ、君は班内に敵を作ってしまっている。オレはそこがとても気になっている」
「彼が勝手につっかかってくるだけです」

 

 ラグナは微笑した。

 

「それはな、ラルフ。おまえ自身の処世術だよ。おまえは優秀な軍人だ。そいう人間にはつねに羨望だけじゃなく妬みがつきまとう。おまえの実直さは長所だが、これからさき上へ行こうと思ったらそれだけじゃ苦労する。わかるな?」
「……はい」

 

 ラグナとは一つしか違わないが、いつも彼は『大人』である。ラルフは素直にうなずいた。
 カイトが立ち上がる。

 

「よし善は急げだ。サリスんとこ行ってグレン・ハーシェルを連れてくるぞ。おまえらも来い」
「はい」
「アニキ、いる?!」

 

 大慌てでラジーが入ってきた。ひどい無作法を叱る前に、ラルフはアルマの姿がないことに気づく。

 

「アルマはどうした?」
「ごめんアニキ、パースさんがいきなり来て、オレ反対したんだけどアルマがついてっちゃって」
「パースが?」

 

 声に殺気がこもる。

 

「それでオレ心配でパースさんのテントの近くで待ってたんだけど、なかなか出てこないんだ。そしたらデカい物音がして――」

 

 ラジーは今にも泣きそうになっている。

 

「中からアルマの悲鳴が――」

 

 最後まで聞くより先に、ラルフは駆け出した。テントを出る直前に、カイトが言った。

 

「剣は置いていけよ、ラルフ」

 

 

 

 

 パースのテントの前ではトム・ツイード二等兵とクリフ・メイダ一等兵が困った顔でウロウロしていた。パースと相室のトムがこちらに気づき、駆け寄ってくる。

 

「ラルフさん、あの、パースさんが入れてくれなくて、でも中にアルマさんもいて……」
「どけ」

 

 少年兵たちを押しのけて、ラルフは乱暴に幕を揚げた。

 

「トム、入ってくるなと言っただろう」

 

 怒鳴りつけたパースは、ラルフの姿を認めて目をみはった。だがすぐに口もとから愉悦が広がってゆく。
 その下で、アルマが地面に組み敷かれている。その頬が土に汚れ、両目から涙が零れ落ちるのを見た瞬間、ラルフの精神は臨界に達した。

 

 ラルフは力の限りにパースの顔を殴りつけた。パースはもんどりうって転がった。

 

「ラルフ――」

 

 アルマの指がラルフの服をつかみ、ひたいを押しつけるようにして、すがりついた。ラルフは彼女を抱き上げて、パースを見おろした。パースはうめき声を上げながら起きあがる。
 そのあごを、つま先で蹴り上げた。そこで完全に、パースはのびた。しかしまだ怒りが脳を黒く塗りつぶし、おさまらない。
 背後で何者かがピュウと口笛を吹いた。

 

「やるなぁラルフ。むっつりつっ立ってるだけの朴念仁ってわけじゃなかったんだな」
「ネロさん――」

 

 ラルフは目を見開いた。
 そこにいたのは、サリス班の三番手、ネロ・タルボット伍長だった。

 

 

 

 

「グレン・ハーシェルのことをどうするかってコトで、我が班の姫がしびれを切らしてるんですよ。で、オレがこうして使いっばしりさせられてるってトコです」

 

 飄々とネロが言った。ふたたびカイトのテントに戻ってきている。
 アルマはまだラルフが抱き上げたままだ。ラルフの首に両手をまわし、胸元に顔をうずめるようにして、ひと言も喋らない。
 カイトがあごをさすった。

 

「イヤなとこ見られちまったなぁ。まーたサリスに怒られるじゃねぇか」
「我が班の姫はこういう事件が一番嫌いですからねー。黙っとけっつーならそうしますよ」
「マジか。頼む」
「五千ルピーで」

 

 カイトは苦い薬でも飲んだような顔になった。
 ラグナがラルフを見る。

 

「彼女にケガは?」
「スリ傷が少し。足をひねったようで、軽くねんざしています」
「そうか」

 

 ラグナは沈痛な面持ちになった。

 

「アルマ。部下が申し訳ないことをした。今後パースを君に近づけないようにする。今夜はゆっくり休んでくれ。不安であればラルフに加えてケイトもそばにつけるよ」

 

 アルマは体勢を変えずに小さく首を振った。言葉はなかった。
 カイトがため息をつく。

 

「本当なら今からサリスんとこ行って例の少尉を引き取ろうと思ってたんだがなぁ。今日はちょっとムリだな。悪いがメロ、サリスには明日行くと伝えてくれ。それと持ってけドロボーこんちくしょーめ」

 

 ネロにクシャクシャの紙幣を手渡している。
 ラグナが呆れまじりの苦笑を浮かべた。

 

「パースは懲罰房に入れたし、これで一件落着といきたいところだけど、ラルフ。おまえの見解は?」
「パースが泣いて土下座してもオレの中で落着することは絶対にありません」

 

 ラグナは肩をすくめた。

 

「実を言うと、オレも同感だ」

 

 

 

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