表紙
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 鉄格子の外の廊下に、燭台が2つだけ取りつけられている。
 ほとんどが闇に沈む中で、牢内の壁に両手を当てながらアルマは言った。

 

「でも兄様、父様がそんなことをするとは思えないわ。確かに短慮なところがあるお人だったけど、豪胆で負けず嫌いな武官よ。味方を裏切って敵を手引きするなんて考えもしないと思うわ」
「そうよ。カムセル家が裏切り者の大罪人だなんて嘘に決まってるわ」

 

 反対側で義母のダナが金切り声をあげた。
 さっきから突然わめいたり、かと思えば急にトーンダウンしてブツブツひとり言を喋ったりしている。
 ダナの声の切れ目に、壁ごしにレトの声が届いた。

 

「僕も最初はそう思っていた。何かの間違いだって。でもアルマ、僕はギルム皇子から直接お言葉をいただいたんだ。第二王子のギルム様だよ。この牢に入れられる前に、王都師団の本営のテントで面会してくださったんだ」

 

 そこでダーツ・カムセルが帝国軍と通じ、壁の弱い部分――外部の地下から水を引いている箇所――を教え、さらに都内の突入経路まで指導したのだと教えられた。
 そしてこのことは紛れもない事実であり、ダーツ自身も罪を認め、すでに処刑された、と。

 

「処刑された……?!」

 

 アルマは慄然とした。
 ダナの牢内は静まりかえっている。

 

「ああ。ギルム王子はハッキリそう仰った。だから僕は父様が罪を犯したのは事実であると思う」
「そんな――兄様までそんなことを言うなんて」

 

 忙しく、ほとんど家に帰らない父だったが、会った時は大きな笑顔で抱き上げてくれた。ほとんどの貴族が外に女と子供を作っては捨て置くのが普通だという名かで、ダーツは母を迎えアルマを認知してくれた。
 母は父と出会って、必ずしも幸福なことばかりではなかっただろう。それでもいつも、父と出会えて幸せだと言っていた。

 

「あたしは信じない。父様は誰かにはめられたのよ。帝国軍のケダモノに騙されて、いいように使われたのよ」

 

 最後は泣き声になった。両腕の間に顔を落とし、あふれる涙を止められずにいた。

 

「アルマ」

 

 深く、優しいレトの声が届く。

 

「僕は悔しいよ。こんなことになっても、おまえの涙ひとつぬぐってやれない。僕はいいんだ、軍人だから。でもおまえはちがう。母様も、おばあ様も軍人じゃない。それなのにこんな暗い牢屋に閉じこめられている。それをどうにもできないのが悔しい」

 

 レトの語り口は冷静で、だからこそ凄みがあった。

 

「僕のこの、小さな命と、父の首でもって罪があがなえるなら、おまえと母様を解放するように訴える。絶対に死なせはしない。絶対に」

 

 

 

 ――そうして、レトは死んでいった。
 ウォード兵が様子を見にくるたびに、自分の命と引きかえにアルマとダナを開放するよう訴えていた。
 だからレトは、食事になにが入っているのか知っていたのかもしれない。食欲がわかないとアルマが言うと、それなら格子の間からぜんぶ流してしまえ、と言った。国への抗議もこめて、アルマはスープを流し、パンを放った。ダナはその時、すでに前後の見境がなく言葉が通じなくなっていた。

 

 

「兄の望み通り、あたしはこうして生きのびた。でもあたしは兄に生きていてほしかった。もしあの時、食事がもう少し遅かったら。ラジーが来るのが早かったら。兄にこういう言葉をかけていれば。そんなことばかりが頭に浮かぶの」

 

 ラルフはきつく眉を寄せた。アルマはかすかに微笑む。

 

「あたしはまだ、父がなぜ裏切ったのか分からないの。いまだに信じられないでいる」

 

 しかしラルフは、特殊任務を請け負った軍人として、壁破壊を手引きしたのは間違いなくダーツ・カムセルであることを知っている。そのことをあらためてアルマに告げるのは、ためらわれた。

 

「ねぇ、ラルフ」
「なんだ」
「ありがとう、助けてくれて」

 

 アルマは唇に微笑みを浮かべた。

 

「ラルフが来てくれた時、震えるほどに安心した。大嫌いな帝国兵の中で、ラルフだけはちがう。どうしてかわからないけれど、ちがうの」

 

 煌めきをたたえた目がラルフを映していた。ラルフは誘われるように手を伸ばし、彼女の髪をすいた。狂おしい想いが胸をふさぐ。

 

「オレにとっても、おまえは他の女とちがう。だがオレはその理由をちゃんとわかっているよ」

 

 アルマは首をかしげた。

 

 将来は修道院へと考えていた少女だ。そのような反応も当然だと思う。だが、もどかしかった。
 今すぐにでも。この暴れるような思いを彼女にぶつけてしまいたい。けれど、アルマを守ろうとして死んでいったレト・カムセルのことが頭をよぎり、手を止めた。
 彼女は神聖だ。そして自分は敵兵として、彼女の兄を追いつめ殺したに等しい。

 

「理由ってなに?」

 

 だが彼女はその神聖さでもって、ラルフの牙城を崩しにかかる。
 湿気をふくんだ空気が狭い空間を満たしている。
 頭の芯が熱い。
 再び手をのばし、彼女の頬に触れた。つめたくて、やわらかい。いつかのようにアルマは怯えたりせず、ただラルフを見上げている。

 

「おまえのことが大切だからだ」

 

 アルマの目がゆっくりと見開かれた。
 なんて綺麗な瞳だと思った。

 

「アルマのことを愛しているよ」

 

 

 

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