表紙
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「アニキ目が赤いっスよ。昨日眠れなかったんスか? なんでなんで?」
「おまえはもう黙っておけ」

 

 翌朝は快晴だった。
 冷たく乾いた風が、昨夜までの湿りを吹き飛ばしていった。

 

「アルマ、昨日はほんとごめん。ケガしたとこまだ痛い?」
「ラジーのせいじゃないもの。気にしないで」

 

 アルマは明るく言った。
 昨夜、アルマはしばらく沈黙したあと「もう寝るわ。おやすみ」と背中を向けて寝転がってしまった。一夜明けたあとは普段と変わらずラルフに接してくる。だがどこかよそよそしい。
 半ば以上予測していた反応だ。ひっぱたかれなかっただけまだマシだろう。
 ここはカイトのテントである。ラルフたちは、カイトとラグナを待っていた。サリス班からグレン・ハーシェルを連れてくるのだ。
 昨夜のアルマの話は、カイトとラグナに伝えてある。アルマの素性がはっきりしたため、グレン・ハーシェルと引き合わせる必要はないと思うのだが、そうもいかないらしい。『裏を取る』というやつだ。

 

「あ、来た」

 

 ラジーの言葉に、アルマがピリっと緊張するのが見てとれた。幕の向こうからカイト、グレンと思われる少年、ラグナの順で入ってきて、最後にサリス・クロード軍曹が現れた。
 波打つ髪をひとつに結い上げ、凛とした空気を放つ女性である。
 ラルフとラジーは敬礼した。

 

「おはようございます、サリス軍曹」
「おはよう。会うのは例の作戦以来だな」

 

 サリスは赤い唇に笑みを刻み、アルマに視線を移した。

 

「アルマリア・カムセル嬢か」

 

 だがアルマはグレン・ハーシェルに釘づけになっていて、呼びかけに気づいていないようだった。同じく彼もアルマをじっと見つめている。
 グレン・ハーシェルは金髪に茶色の目という典型的なウォード人だった。やはり少尉という階級にしては若い。若木のようにしなやかな体躯の少年だ。澄みきった目をしている。

 

「感動の再開ってやつだな。ハーシェル少尉、彼女は確かにあのカムセル家の娘さんか?」

 

 カイトの問いに、グレンはうなずく。

 

「間違いない。アルマ、無事でよかった」
「グレン――」

 

 アルマの目に涙が盛りあがって、はらはらと落ちた。
 グレンは胴を縄で拘束されたまま、サリスに言った。

 

「彼女は確かにアルマリア・カムセル。帝国軍に『協力』したダーツ・カムセル子爵の遺児だ。子爵の行いは我が王の知るところとなり、捕えられ処刑された。彼の長男と妻は獄死し、母は屋敷の前で死亡している。帝国軍勝利最大の立役者である彼の、唯一の忘れ形見が彼女だ。手厚く保護し、帝国で健やかに暮らせるよう。取り計らってほしい」

 

 グレンはよどみなくまっすぐな瞳で訴える。
 サリスはうなずいた。

 

「ああ、無論そうなるだろう。彼女にはしかるべき住居と従者が与えられ、不自由なく暮らせるように手配される」
「良かった」

 

 グレンは安堵したように息をついた。
 カイトが口を開く。

 

「よし、それじゃあこれでお開きだな。ラルフはアルマを連れて自分のテントで待機だ。オレらはグレアム小隊長んトコへ報告しに行ってくる。あとは――こいつをどうする、サリス」

 

 カイトはグレンを指さした。サリスは呆れまじりにこたえる。

 

「ラグナに任せておけばいいだろう。班長より優秀な副長なのだからな。さっさと行くぞ」
「へーい」

 

 カイトはサリスとともに出ていった。
 ラグナは肩をすくめる。

 

「いつも通り尻に敷かれているな」
「サリス班長はなんか怖いっス」
「さて、どうする? 班長たちが戻ってくるまでだいぶ時間があると思うけど、グレンと少し話していく?」

 

 ラグナの目はアルマへ向いている。アルマはまだ、声を殺して泣いていた。
 グレンは微笑を浮かべ、言った。

 

「そんなに泣くなよ。再会してからまだ、君の笑顔を見ていないぞ」
「だって――グレン。グレンが、生きてた――」
「心配させてごめん。レトたちが城の地下にいるって聞いて慌てて駆けつけたんだけど、その途中で捕まってこのザマだよ」
「あたしは平気よ。大丈夫。でもグレン、あなたはこれからどうなるの?」
「僕は捕虜として捕まった。他のウォード人と一緒さ。アルマが心配するようなことは何もない」
「あたし保護なんていらないわ。グレンと一緒に捕虜になる」

 

 ラルフの心臓が、針に刺されたように傷んだ。だがアルマであれば、当然にそれを望むだろう。
 グレンは首をふる。

 

「ダメだ。レトもそんなこと絶対に認めないぞ」
「じゃあグレンがあたしと来て。ねぇラルフ、いいでしょう? グレンはあたしの従兄弟だもの、ほとんど同じ立場だわ。お願いよラルフ」

 

 ラルフは言葉につまった。

 

「それは――アルマ。叶えてやりたいが彼はウォード軍の兵士だから――」
「あなたがラルフ・シュタイン士長か」

 

 グレンがラルフに視線を向けた。

 

「そちらのラグナ・マルス伍長から話をうかがっている。アルマの保護を務めておられるとか。礼を言わせてくれ」
「やめてくれ。そんな立場ではない」

 

 立つ瀬がないとはこのことだ。
 グレンはふたたびアルマを見た。

 

「アルマ。僕は捕まる直前に帝国兵を4人斬っている。アルマと一緒に行くのは無理だよ」

 

 アルマはまた、はらはらと涙を流した。
 それを見ると、何とかしてやりたいとラルフは思う。

 

「副長。グレンのこと、何とかならないでしょうか」
「彼が斬ったのは中将の息子だ。難しいだろうね。……残念だけど」

 

 ラグナが言うのであれば、不可能なのだろう。
 グレンは微笑した。

 

「ありがとうアルマ。僕のことは大丈夫だから、君は自分のことを考えるんだ。レトの思いを忘れるな。いいね」

 

 

 

 

 小隊長らがグレンを直接確かめたいと言い出す可能性を考慮して、しばらくカイト班の敷地内に留めておくことになった。
 グレンはテント前の広場にいる。胴と両手首を縄でぐるぐる巻きにされ、地面に打ちこんだ柱に拘束されていた。見張りは上等兵から二等兵の4人が交代で務めている。
 アルマはテントの入り口でいつまでもグレンを見ている。横顔に疲れの色が濃い。
 ラルフが彼女をテント内へ促すと、よろけるようにして従った。

 

「グレンは夜もあのままなの?」
「上からの指示があるまでは、そうだな。2、3日もすれば移送されるだろう」
「あのままじゃ寒くて風邪を引くわ」
「そうだな。あとでラジーにも毛布を届けさせる」

 

 うつむくようにしてアルマはありがとうと言った。
 そこへ幕を開き、ジーナが遠慮がちに顔を出した。

 

「朝から見てないから大丈夫かと思って。ちゃんと食べてないでしょ。パンとスープを持ってきたの。よかったら食べて」
「ああ、すまない。助かる」

 

 ジーナから布袋と鍋を受け取る。アルマはただうつむいて、ワラの上に腰をおろしている。
 痛ましげに彼女を見つめつつ、ジーナは小さな声で言った。

 

「パースのこと聞いたわ。あのバカ、除隊処分にでもなればいいのに。外のウォード人がアルマのいとこだって本当なの?」
「ああ。もう情報が回ってるのか」
「ラジーがペラペラ喋ってるのよ。アルマのことも少し聞いたわ。ラルフ、あんたも顔色悪いわよ。大丈夫なの?」

 

 ラルフはうなずく。本当に痛みを抱えているのは自分ではない。

 

「アルマはこっちで保護されることが決まってるんでしょ。それなら大丈夫よ。傷はね、時間が治してくれるものなの。もし心配ならあたしはあの子の家の住み込みのメイドでもやって、あんたが軍役こなしてる間、毎日様子を見ててあげるわよ。だから安心しなさい」
「ああ……。それなら本当に、安心できそうだ」

 

 ラルフは息を吐いた。はりつめていた心が少しやわらぐ。
 ジーナを見送って、ラルフはアルマの前に食卓代わりの布を敷き、木製のマグカップにスープをついで、アルマに渡した。
 やわらかな湯気が空気にほぐれてゆく。

 

「うまいか?」

 

 アルマの睫毛が重くまたたいた。

 

「ええ」
「良かった」
「戦争はいつ終わるのかしら」
「第一王子と近衛隊が踏んばっているらしいが、時間の問題だな。雪が降る前にカタがつくだろう」

 

 本当はこんな話をしたいわけではない。だが糸口が見つからなかった。
 食事をする音だけがせまいテント内に響く。言葉少なく、ゆっくりと、夜に近づいてゆく。

 

 

 

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