表紙
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 三日後の朝、ついに王城が陥落した。
 その時にグレンが教えてくれた話がある。

 

「叔父上は――カムセル子爵はずっと、降伏するのが最善の道だと訴えていたらしいんだ」

 

 初耳だった。ウォード人の誰もが降伏など考えもしていなかったはずなのだ。

 

「叔父上がそういう主張をしていたことは、僕もレトも知らなかった。これは、叔父上が捕まった後に僕の上官が教えてくれたことだ。

 

 要所であるダリルの砦が陥とされた時から、叔父上は危機感を持っていたらしい。『このたびの損害は壊滅的だ。今年の冬はしのげても、春になればまた帝国軍はやってくる。ひと冬という短い期間では到底軍備を立て直せない。次は必ず負ける。多くの民が命を失う前に降伏を』とことあるごとに主張していたようだ。

 

 本部でも叔父上の主張を是とする人々がいたらしいけど、全員口をつぐんでいた。聞かないフリをしていたんだ。それは、『王が絶対に降伏しないことを知っていた』からだ。これはマリル王女の悲劇に端を発している」
「マリル様が皇帝に殺害されたという件ね……」

 

 グレンはうなずく。

 

「ああ。でもその話には前置きがある。3年前、18になられたマリル王女が帝国の皇太子に嫁ぎ、翌年皇太子は皇帝に即位、マリル様は帝妃になられた。しかしそれから1年、マリル様に御子ができなかった。

 

 ラズール皇帝はそのことで、王に色々と文句を言っていたらしい。時には侮蔑に近いこともね。19歳の年若い皇帝だ。血気盛んだったんだろう。この件が戦争の火種になったかは分からないけれど、帝国が戦線を布告し、先端が開かれてすぐ、マリル様は処刑されたという噂が流れた。

 

 もちろんそれは噂レベルで、帝国側は否定している。でも過去のラズール皇帝の言動があまりにもひどかったから、王はその噂をお信じになったそうだ。
 だから王は絶対にラズール皇帝に頭を下げて降伏することはない。みんなそれを分かっていたから、叔父上の話を素通りしていたんだ」

 

 父は孤軍奮闘していたということか。
 そのことが父を狂気に走らせたのだろうか。

 

「叔父上をいよいよ思いつめさせた出来事があった。何だと思う? ……そう、士官学校生の出陣だよ。
 僕らはろくに訓練も積まないまま戦場に立たされた。叔父上は大反対して軍議で机を叩き割らんばかりに吼えたらしい。何人の子供を殺す気だと。でも決定が覆ることはなかった。僕らはみな、99%の死の覚悟と、1%の生の望みを持って、剣を取った。

 

 僕はね、アルマ。叔父上が裏切ったのは本当だと思う。でもそれは、帝国からの見返りがほしくて祖国を捨てたんじゃない。民を守るために裏切ったんだ」

 

「でも結局は同じことだわ。王国は、占領されてしまった――」

 

「叔父上が帝国に提供したもののひとつに、王都の侵攻経路がある。見事に住宅街を避けて作られていたよ。おかげで王都の死者は他の戦地に比べて限りなく低く抑えられている。最後に投入された僕ら学生も、壁破壊の混乱で命令系統がぐちゃぐちゃになって、すぐに投降してしまったからたくさん生き残ることができた。

 

 レトのことは本当に残念だと思ってる。すごく悔しいよ。アルマとしても、簡単に割り切れないことじゃないだろう。ただひとつ言えるのは、叔父上は――カムセル中将は、王国内でただひとり、大局を見る勇気を持った軍人だったんだ」

 

 アルマは父を思い出していた。
 いつも忙しく、めったに家に帰らず、帰ってきたときは大きな手でアルマを抱き上げ、「ただいま」と笑った。
 母が亡くなった時は一人で書斎にこもり、忌明けまで出てこなかった。

 

「僕は叔父上に命を救ってもらったと思ってる。王や王子たちの怒りもわかるけど、でも心の中で叔父上をたたえている人々が必ずいると思ってる。

 

 アルマ、元気で。僕たちの宝物。幸せになるんだよ」

 

 

 

 

 グレンが移送される日は快晴で、青空はどこまでも澄んでいた。
 グレンはこれから師団長らと面会し、沙汰を待つという。アルマの中に不安がいないわけではない。だがここ2日、ラルフが声をかけてラジーやトム、ラグナやカイトまでもがグレンの助命のために動いてくれた。アルマも一緒に行って、自分の素性を明らかにした上で頭をさげた。

 

 帝国軍はあの壁にずいぶん悩まされていたようで、感触は良好だった。
 だから大丈夫だと、アルマは自分に言い聞かせる。

 

(グレンを守って、父様)

 

 別れの時、グレンに涙は見せなかった。
 そして今、くもりない青空を見上げて、アルマははらはらと泣いた。

 

「どうした、アルマ」

 

 背後から声が届き、そのままラルフの腕に包まれた。背中越しに熱い体温が伝わってくる。

 

「兄様と、父様のことを思い出していたの」

 

 ラルフの腕に力がこもった。あるまはその腕に手をそえる。

 

「とても楽しくて、優しい、大切な記憶よ」

 

 風が吹く。
 この風がやがて、いっぱいの雪を連れてくるだろう。
 ラルフが頬に口づけた。アルマは唇を寄せて、粉雪が触れるようなキスをした。

 

 

 

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