第2章【1】 ネット小説【騎士と少女】 第2章【3】

 

 マリーはとても暗いところで目が覚めたので、いつのまに眠ってしまったのだろうと不思議に思った。
 夕食作りを中断して寝てしまったのだろうか。最近はとても、疲れていたから……。
 けれどそれはちがう、と分かったのはゆらりと揺れる小さな炎があったからだ。赤色の光はとても眩しくて、片目を半分しか開けられなかった。
 寝ている間に蝋燭をともしておくなど、危ないからしたことがない。
 マリーはぼんやりした頭で考えた。確か、村へ水を汲みに行って、それからデニスに会って――

 

「目覚めたか。女」

 

 不意に降りた男の声に、マリーは目を見開いた。聞いたことのない声だ。起き上がろうと四肢に力を入れた時、拘束されていることに気付く。
, 頭の上で両手首を。伸ばした両足首を。

 

「なんだ、これは……!」

 

 マリーはありったけの力でもがいたが、くいこんだ太い縄に皮膚を傷つけられただけだった。
 台の上、だろうか。それほど大きくない。明かりはいくつかの蝋燭のみ、窓は高い位置にひとつ。紺碧の空が見えるから、今は夜なのだろう。家具はなく、粗末な小屋のような印象だった。
 先ほどの声の主が近づいてくる。気配で分かるだけで、姿は見えない。マリーは必死に首をめぐらして、男を捜した。

 

「抵抗をするな。叫び声を上げるな。すべては徒労に終わる」

 

 男がさらに近づいて、こちらを見下ろした。蝋燭の炎を弾いて、鳶色の目が光った。胸元には、大きな十字架。
 マリーは息を呑む。――あの男だ。
 1か月前、エリックを連れて行った男。

 

「罪状はすでに分かっているはずだ、マリー・シャレット。誰もが見放した罪深きおまえでさえも、偉大なる神は許しを与えるだろう。おまえの死をもって」
「待ってくれ、わたしには何のことだか分からない! それよりおまえ、エリックはどうしたんだ? エリックと一緒にいたんじゃなかったのか!」
「……。贖罪の時だというのに、男の救いを乞うか。今まで何人も見てきたが、やはり魔女とは醜いものだな」

 

 男の言葉がまったく理解できない。魔女と言われるのは慣れている。だが、『罪状』、『贖罪』とはいったいどういうことだ? 自分は犯罪など、犯していない。
 きっと何かの間違いだ。きちんと話せば分かってくれる。
 けれどエリックは、1か月戻らないのだ。

 

「おまえはエリックをどこへ連れて行った? あれから一度も帰ってきていないんだ。エリックはここにいないのか? エリックとはどこで別れたんだ?」
「そんなに会いたいか。エリック・ハワードに」

 

 男は蔑む視線で聞いた。マリーは言葉につまる。

 

(……会いたい?)

 

 そのような、生易しい想いじゃない。
 なぜなら、ずっと一緒にいたから。笑顔を、言葉を、ぬくもりをくれたから。そして、約束をしたから。

 

(エリック)

 

 名前を呼ぶだけで、こんなにも心がしめつけられる。
 すぐに戻ると言った。けれど1か月戻らない。マリーのもとへ帰ってくると言った。けれど何の連絡もない。
 約束をしたのだ。破るような人じゃないのだ。それならば、何かやむをえない事情があったとしか考えられない。
 もしそれが、命に関わるような重大なことだったら。

 

「……醜いな。穢れた涙は」

 

 ぽつりと男が、言葉を落とした。冷たいだけの囁きだった。

 

「いいだろう。会わせてやる。せめてもの慈悲だ。――だがそれを慈悲だと受け取るかどうかは、おまえ次第だが」

 

 男が背後を振り向き、エリックの名を呼ぶ。ハワード。マリーの聞きなれない名前。
 静かに扉が開く。
 光が差し込まれた。月光は白かった。かしゃり、と軽い音が響いた。鎧が擦れる音だと気付いた。
 ――青い鎧。
 金の髪。鍛えられた体躯。そして、薄紫の瞳。
 マリーは息をすることすら、忘れた。
 ずっと、待っていた。彼を待っていた。帰ってきてくれることを信じていた。
 ああ、でも。
 マリーは気付く。そうではなかったかもしれない。

 

『会いたいか?』

 

 そうではなかった。
 ただ、自分が帰りたかった。
 エリックのもとへ。微笑みへ、優しさへ、ぬくもりへ。
 涙を止められないほどに、ただ、帰りたかった。

 

「……マリー」

 

 ゆっくりと、エリックが名前を呼ぶ。
 マリーは言葉を返せなかった。胸がつまって、涙があふれて、何も出てこなかった。
 1か月は、長すぎたのだ。長すぎた。だからこんなにも苦しくて、そして嬉しくて。

 

「エリック」

 

 声が零れた。涙でかすれていた。会えた、やっと会えた。
 エリックが近づく。男が一歩引いた。エリックはマリーを、蝋燭の光にすき透る瞳であざやかに見据え――
 甘く、残酷に、断罪した。

 

「私の名を呼ぶな。――汚らわしい女め」

 

 

 

 

 確かに、最初にエリックを助けたのはマリーだった。
 一晩中看病して、傷を癒した。熱を下げ、体力回復に協力した。エリックはみちがえるほど元気になった。
 ありがとう、とエリックはお礼を言ってくれる。けれどマリーは知っている。助けられたのは、自分だということを。

 

(マリーが傷を負わないように……俺が必ず守るから)

 

 救われていたのは、自分だということを。

 

 

 

 

第2章【1】 ネット小説【騎士と少女】 第2章【3】

 

 

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