第2章【2】 ネット小説【騎士と少女】 第2章【4】

 

「俺たちは教会付きの騎士だ。魔女、背信者、神に仇為す悪魔崇拝者を処罰する権限を与えられている」

 

 エリックの隣で、男が言う。

 

「噂や投書をもとに探し出し、人目に触れぬ場所で断罪するのだ。今は小規模、極秘裏に進められているが、恐らく近い将来、神の名のもとに大々的な悪魔崇拝者処断が始まるだろう」
「つまり、おまえのような魔女に生きていく場所などないということだ」

 

 薄紫の双眸が、どこまでも冷たかった。
 マリーの耳を、二人の言葉が素通りしていった。

 

(この人は、誰)

 

 エリックと同じ腕、同じ髪、同じ面立ち。けれど瞳がちがう、声がちがう、言葉がちがう。

 

「どうやら俺は、何らかのショックを受けて記憶を失っていたらしい。記憶を取り戻すまでひと月かかったが……逆に、おまえと過ごしたという数ヶ月の記憶はなくなった。けれどそれも僥倖というものだ。魔女とともに過ごした日々など、おぞましい以外何物でもない」

 

 冷静に、マリーを見下ろす瞳。
 この人は本当のエリックではないのだ。エリックに似ているだけなのだ。ニセモノが今、目の前にいて、ホンモノのエリックはきっと別の場所にいるのだ。そうしていつか、マリーのところへ帰ってきてくれる。
 あの優しい瞳で、マリーに微笑んでくれる。

 

「――醜悪な魔女め」

 

 言葉と同時に、布を裂く音が響いた。
 マリーは目を見開く。エリックの手が、腹の辺りの服をつかんだと思ったら、一息に引き裂いたのだ。みぞおちから下、腹部の布が破られ、捨て去られた。
 悲鳴を上げることすら忘れ、マリーはただ、喉の奥を引き攣らせた。エリックはあらわになった肌を冷徹に見おろす。それからわずかに、眉を寄せた。
 胸のすぐ下。腹部にくっきりと描かれているのは黒い逆十字架。トカゲの影がまとわりついている。
 アザだ。生まれつき、マリーに備わっていた魔女の刻印。

 

「ここまでのものは見たことがない」

 

 ギルが低く、言った。エリックはうなずく。

 

「すでに複数の悪魔と契約をしている可能性があるな。それも、大物の」
「吐かせるか」
「いや。ここまで来てしまえばもう喋らないだろう。一刻も早く消した方がいい。もうすでに、この女は母親を殺しているんだ」

 

 マリーはただ、エリックの双眸を見つめていた。もう涙すら、出なかった。
 ……もう、エリックは知っているのだ。
 アザのことも。母のことも。
 だから当然なのだ。罰があたったのだ。今までエリックを騙してきた自分が、何よりも罪深いのだ。

 

(……おかあさん)

 

 燃え盛る、炎。
 まな裏から貼りついて剥がれない、悲しすぎた記憶。

 

 

 

 

『わたしのマリー』
『あなたは魔女なんかじゃないわ。……だからおかあさんが、助けてあげる』

 

 緑色の目は、母親ゆずりだった。
 同じ色の目が、昏い狂気に沈んでいくのを、幼いマリーは止められなかった。

 

『おかあさんが、消してあげる』

 

 三日月形に歪んだ、最期の笑み。
 泣いて暴れるマリーを上から押さえつけ、右手に握りしめたたいまつを、かざしていた。
 朱色の光がまぶしかった。ゆっくりと、炎が腹に近づいてくる。油を塗りたくられた肌が熱い。尋常ではない母の笑み。大きな炎。熱い、熱い、怖い。
 怖い。

 

「やだあッ」

 

 無我夢中だった。
 渾身の力で振り回した腕と足が、母の体を打ち、バランスを崩させた。それゆえに、母の手からたいまつが落ちた。マリーの体の上ではなく、母の、床に広がったスカートの上だった。
 スカートが燃え上がった。その瞬間、マリーは母の手によって突き飛ばされていた。炎はスカートを焼き尽くし、母は悲鳴を上げながら部屋を走り回った。

 

『水、水、水――!』

 

 母はつまづいてひっくり返った。つまづいたのは、油の入った桶だった。
 母の悲鳴がさらに高くなる。
 酷い臭いがした。焼ける音がした。マリーは動けなかった。指一本。声すら、出なかった。
 その後、どうやって自分が救出されたのかわからない。気付いたら父親の腕の中にいた。父親は泣いていた。泣きながら、強くマリーを抱きしめていた。

 

 ……燃え盛る炎。
 崩れ落ちる家を、マリーはただ見ていた。最後の柱が折れた時、おかあさんと小さく、細く、言葉が零れた。

 

 

 その後、父親は村を離れ森近くで住むようになった。
 村人の、マリーに対する迫害はいよいよ酷く、父親は頭を下げて水を汲み、日用品を買い求めた。

 

『大丈夫だよ、マリー』
『父さんも母さんも、おまえのことが大好きだ』

 

 黒髪は、父親ゆずりだった。
 マリーは確かに愛されていた。過ぎ行く日々の中、父親のまなざし、母親の思い出、すべてで感じ取ることができた。
 だから大丈夫だった。父親の言うとおり、マリーは『大丈夫』だった。

 

(生きていける)

 

 ずっと、両親の愛を抱えて、生きていけると思っていた。それだけで充分だと思っていた。
 ……あの時までは。
 傷ついた彼を、あの時森で、見つけ出すまでは。

 

 

 

 

「では、始めるか。ハワード、聖水を」
「待て、ギル。誰か来る」

 

 エリックは眉を寄せ、背後を降り返った。男――ギルという名のようだ――もマリーから目を外し、扉を見返る。

 

「ああ、恐らく例の子どもだ。立ち会うことも契約に入っている」
「村長の息子か? 勝手なことをしてくれるな」
「おまえと連絡がとれなかったから仕方がないだろう。協力者は必要だったのだ。なにしろ『レオン』からも連絡が途絶えたのだからな」
「……?」

 

 エリックが訝しげにギルを見返った、その時だった。勢いよく扉が開かれ、デニスが入ってきた。ひどく息を切らしている。
 エリックは肩をすくめた。

 

「騒々しいご登場だな。村長の息子にしては品がなさすぎる」
「そ、それどころじゃない。ここがバレたんだ。早く逃げないと。ば、場所を変えよう」

 

 デニスは酷くうろたえていた。ギルの双眸が険しくなる。

 

「誰にバレた。つけられたのか」
「僕の友人二人だ。ギルさんと話をするために、最近僕がよく家を空けるから、父さんがあとをつけるように頼んだんだと思う。たいまつの明かりがチラっと見えた。ど、どうする。こんなところを見られたら、父さんに怒られるどころじゃすまない。魔女を告発するだけならともかく、内緒で金までもらって――」
「もういい、君は黙れ。ここは私が引き受ける。ハワード、娘を連れてひとまず身を隠せ。後で合流しよう」
「平民を巻き込むからだ。任せるぞギル」

 

 エリックは舌打ちしつつ、マリーの拘束を解く。両手のみ後ろ手で縛り、台から降ろした。

 

「いいか。騒いだらすぐに斬る。あの少年もだ」

 

 マリーは何も答えない。
 ただ、生気のない目でうつむいているだけだった。

 

 

 

 

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