第2章【10】 ネット小説【騎士と少女】 後日談【1】

 

「エリック、準備できた?」
「もうちょっとで完成――、っと、ああっ、しまった!」

 

 キッチンからエリックの雄叫びが聞こえる。彼が取り乱すなんて珍しい。マリーは首をかしげるが、すぐに思い至った。たぶん、また卵を焦がしたのだろう。
 マリーはついさっき、洗濯物を取り込んでかばんに詰め終えた。太陽は真上に近い。そろそろ出発の時間だ。

 

「マリー、もうちょっと待っててくれ。くそ、おかしいな。こんなはずは」
「うん、待ってる」

 

 くすくす笑いながらマリーはうなずく。今日のお弁当はエリックが作ってくれるのだ。きっと失敗作なのだろうけど、楽しみだった。
 マリーはふと、扉を見る。
 今日を限りに、もうここから出入りすることはないのだろう。

 

『マリー。ただいま。いい子にしていたかい?』

 

 父の優しい笑顔が蘇る。いつも、この中で父の帰りを待っていた。父が扉を開ける瞬間が、大好きだった。

 

「お待たせ、マリー」

 

 マリーは振り返る。荷物を持ったエリックがキッチンから出てきた。

 

「忘れ物はないか?」
「うん、大丈夫。エリックは?」
「ひとつだけ」

 

 エリックは小さく笑むと、壁に立てかけてある剣を手に取った。マリーは思わず沈黙する。エリックが振り返り、マリーの頭をなでた。

 

「旅の間、何事もなければそれでいいんだけどな」
「……うん。たぶん、大丈夫だよ」

 

 マリーはゆっくりと、微笑んだ。
 この家を出ると決めたのは、あの夜が明けた朝だ。3日で食料など、旅に必要なものを買い揃えた。南へ行こうと言ったのはエリックだ。人の多い街があるから、しばらくはよいカモフラージュになるらしい。
 教会はかならず、人を派遣してくるだろう。ギルが本当のことを言う可能性も充分にある。だからこそ、もうここにはいられない。
 エリックとふたりで、平穏に過ごすために。

 

「よし、行くか」
「うん。エリックのお弁当、楽しみだ」
「お、よく言った。ぜんぶ食べてもらうからな、残さずぜんぶ!」

 

 扉を開く。朝の光が差し込み、まぶしくてマリーは目を細めた。
 これは逃避行ではない。楽しい、旅路の始まりなのだ。
 エリックが差し出した手を、マリーは握る。力強い手がここにあるのなら、それだけで幸せだと感じるから。
 そしてその光はいつまでも輝くから、たとえ旅の先がまっくらやみでも、小さく、強く、照らし続けてくれる。

 

 

 

 

第2章【10】 ネット小説【騎士と少女】 後日談【1】

 

 

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