終章 ネット小説【騎士と少女】 後日談【2】-1

 

 つい最近、こんなことがあった。
 珍しく、マリーがアルコールを呑んで、酔っぱらった。宿屋の夕食時、おかみに勧められたのを断りきれず、3杯ほど呑んでしまったのだ。

 

「エリック。世界が回るのだが、どうすればいいのか教えてほしい」

 

 うるんだ瞳で、真面目に聞いてくるマリーは、否応なしに可愛かった。
 このまま心ゆくまで鑑賞していたかったが、そうもいかない。暑いと言って、マリーが突然服を脱ぎ始めたのだ。

 

「待てマリー。落ち着くんだ」
「わたしは暑いんだ。もう一秒でもがまんできないんだ」

 

 オレはマリーの肩をつかんで、それ以上脱げないようにした。

 

「わかった。じゃあ部屋に戻ろう。ここは食堂だ。野郎の目が多すぎる。部屋だったら好きな格好をしていいから」
「ああ、わかった」

 

 マリーはとろんとした目で頷いた。
 ……誤解しないで頂きたい。この時オレはけしてやましいことを考えていたのではない。純粋に、マリーが心配だったのだ。
 他人にマリーのあざを見られるわけにはいかない。魔女として、迫害を受ける恐れがある。

 

「エリック。どうしてさっきから、ニヤついているんだ?」

 

 ……だからけして、やましいことなんて考えていなかったと、誓いたい。

 

 

 

 

 ところが部屋に戻ったあと、マリーは急に寒がり始めた。

 

「駄目だ、寒くて耐えられない」

 

 さっきとはうって変わった青白い頬をして、マリーはベッドへもぐりこんだ。オレは驚いて、マリーを覗きこんだ。

 

「大丈夫かマリー。震えてるじゃないか」
「大丈夫じゃない。どうしてこんなに寒いんだ。一体なにが起こっているんだ」
「わかった、待ってろ。今おかみに湯たんぽ借りてくる」
「待ってくれ、エリック」

 

 何枚も重ねたふとんの下から、白い手が伸ばされてオレの腕をつかんだ。すがるように、うるんだ瞳がこちらを見上げている。

 

「すごく、寒いんだ。こんなの初めてで、怖い。今夜は一緒に寝てほしい」
「………………。」

 

 マリーは思春期まで、父親に育てられた。
 恐らくだが父親は、唯一の肉親であるマリーを溺愛し、恋愛事(つまり男)から遠ざけて育てたと、容易に想像がつく。マリーの生い立ちを考えれば、他人と深く付き合うこと自体難しかったのだろうが、それにしてもこの無防備さには毎回血の滲むようながまんを強いられ……、いや間違えた、驚かされる。
 父親はマリーを注意深く囲って育ててきたのだろう。
 当然だ。同じ立場であれば、自分もそうする。

 

「マリー」

 

 さらさらの髪を撫でると、マリーは気持よさそうに目を閉じる。その瞼に口付けを落とすと、ふわりといい香りがした。

 

「わかった。今夜は一緒に寝よう。ずっとそばにいるから、安心して寝るんだぞ」
「うん」

 

 マリーは安堵したように微笑んだ。
 これにてめでたく、オレの不眠は約束された。

 

 

 

 

 騎士たるもの、有事においてはつねに冷静であらねばならず、平時においてはつねに紳士であらねばならない。
 剣の師の教えだが、今まで近い異性といえばレオナだけだった。気っ風の良さは男顔負けの彼女を、女性扱いした記憶はあまりない。女性として接しようとしても、逆に怒られたほどだ。

 

「エリック。昨日はすまなかった」

 

 朝食は部屋に運んでもらった。パンをちぎりながら、マリーが頬を赤く染めながら言う。

 

「酒というものを呑んだことがなかったんだ。情けない姿を見せてしまった」
「いや、気にしないでくれ。酒の席での介抱には慣れてるんだ」
「エリックは酒に強いのか?」
「まあ、そこそこかな」
「……なんだか強そうな発言だな」

 

 マリーが面白くなさそうな顔をした。
 正直、オレはザルだ。果実酒3杯でベロベロになるマリーとは、そもそもくぐり抜けてきた修羅場が違う。

 

「どうしたら酒に強くなれるんだ? わたしもそこそこ呑めるようになりたい」
「女性は呑めなくても困らないから、そのままで大丈夫だよ」
「でも、昨日のような醜態をさらすのは嫌なんだ」

 

 マリーはまっすぐなゆえに、頑固なところがある。一度言い出したら、納得するまで引き下がらない。
 オレはどうしたものかと思案したあと、笑みを浮かべつつ、言った。

 

「醜態なんかじゃないよ。昨夜のマリーは、とても可愛かった」
「……えっ」

 

 マリーの顔がみるみる赤くなる。オレは小さなテーブル越しに、マリーの頬に触れた。

 

「あの姿を、もっと見たい。だから……強くなりたいなんて、言わないでくれ」

 

 瑞々しい唇に、口づける。甘さとやわらかさに溶けそうになる脳を何とか保ち、オレはそっと唇を離した。

 

「え、え、エリック」
「何だい、マリー?」

 

 余裕を装い笑顔を返すと、マリーは蒸気する頬を両手で抑えつつ、うつむいた。

 

「な、なんでも……ない」
「そうか。じゃあ朝食を再開しよう。せっかくのスープが冷めてしまう」

 

 マリーは頷いてスープに手を伸ばした。耳まで真っ赤だ。話題を逸らされたことには気付けないようだ。
 つい、頬がゆるんでしまう。
 ずっとこのままでいてほしいとも思うし、甘い言葉にもキスにも慣れて、こんなオレに誤魔化されないようになってほしいとも思う。いつまでも背中に守られていてほしいし、いつかオレを尻に敷くようになってもいい。
 要するに、マリーであれば何でもいいわけだ。
 オレはティーカップを持ち上げつつ、窓を見た。青空が視界いっぱいに広がり、幸福な朝を祝福していた。

 

 

 

 

終章 ネット小説【騎士と少女】 後日談【2】-1

 

 

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