後日談【1】 ネット小説【騎士と少女】 後日談【2】-2

 

 マリーは暗闇の中、目を見開いた。
 夢が続いているのだと勘違いをして、弾かれるように上体を起こす。冷たい外気が肌を刺し、そこで初めて、現実を思い出した。

 

「……夢」

 

 肩が上下する。息を吐くたびに、白が舞った。
 鼓動を落ちつけて、マリーは床へ足先をつく。冷たさに眉をひそめつつ、ベッドから降りた。
 エリックはついたての向こうで眠っている。起こさないように気をつけて、外套を取ってから部屋を出た。
 ここは小さな町の宿である。裏口から出ると、ささやかな庭があった。
 星が瞬く、冬の夜だ。
 凍てつく風に身をさらしても、自分の罪は許されない。けれど眠ることもできなくて、マリーは時折、一人きりで夜空を見上げる。
 炎が踊り狂った夜を、何度も夢に見る。熱風が髪を焦がす、その感覚まで、再現される。
 マリーは両腕で自分自身を抱いた。空が白み始めるまでずっと、膝をかかえていた。

 

 

 

 

 ……そのおかげで、風邪を引いてしまった。
 マリーはふとんを口元まで引き上げる。恥ずかしいし、情けない。

 

「うーん、やっぱり熱がかなりあるな」

 

 大きなてのひらが、マリーの額に触れた。エリックは苦笑して、ベッドの端に腰を下ろす。

 

「最近急に寒くなってきたから、風邪も引くさ。他のことは気にしなくていいから、マリーはゆっくり寝て、体調を治すんだぞ」
「ごめん、エリック。足を引っ張って」

 

 教会の追っ手から逃げているのだ。まだ一度も発見されたことがないとは言え、以前住んでいた森と近いこの場所で足止めを食らうのは、あまりよくない。
 エリックは軽く、マリーの頬をつねった。

 

「マリーの悪い癖は、すぐに自分を責めるところだ」
「でも、もしギルたちに見つかったらまずいことになるだろう? わたしは大丈夫だから、早く出発しよう」
「さてと。じゃあオレは薬を買ってくるから、大人しく寝てるんだぞ」

 

 マリーの言葉をスルーして、エリックは立ち上がる。マリーは上体を起こそうとしたが、めまいのおかげで枕へ逆戻りだ。
 結局、エリックの言うとおり、ひとりで留守番することになった。

 

 

 

 

 いつのまにか眠っていたようだ。扉が開く音に、ぼんやりと目が覚めた。今はお昼ごろだろうか。朝よりも、体が重い。
 霧がかったように、頭が働かない。

 

「マリー、大丈夫か?」

 

 優しい声がする。
 大きな掌が額に、ついで頬に触れた。ひやりとして、気持ちいい。

 

「さっきより熱いな。薬、飲めるか?」

 

 エリックの腕が肩下に差し込まれ、上体を抱き起こす。苦味のある香りが鼻をついて、マリーは眉をしかめた。

 

「……いらない」
「何だ、わがままか? 珍しいな」

 

 香りが少しだけ、遠ざかった。
 エリックの低音が心地よく響く。

 

「マリーのわがままならどんなことでも聞いてやりたいけど、これだけは譲れないな」

 

 笑みの混じる声とともに、唇に押しあてられた、馴染みあるやわらかさ。暖かく心がとける。と、同時に苦い液体が口中へ流れ込んできた。思わず身動きしたが、エリックの腕にやんわりとおさえられた。頭がうまく働かないのと、体が重いのとで、マリーはあっけなく薬を飲みこんだ。
 エリックは唇をそっと離す。

 

「ちゃんと飲めたな。えらいぞ」
「……まずい」
「良薬口に苦し、だ」

 

 エリックは悪びれもせず笑う。マリーの肩を抱いたまま、続けた。

 

「少し寝ていてくれ。オレは少し用事ができたから、また外へ出てくるよ」
「どこへ、行くんだ?」

 

 マリーの胸を不安が包んだ。とっさに服をつかむと、エリックは微笑んだ。

 

「寒くなってきたし、暖かい服を買ってくる。すぐに戻るよ」
「……そうか」
「しばらく一人にするけど、ごめんな」

 

 額にキスをして、エリックはそっと、マリーの体をベッドへ戻した。エリックの体温が離れたから、ベッドの中に戻っても、暖かく感じなかった。

 

 

 

 

 さらに、時間が過ぎた。薬の効果はまだ出ていないようだ。窓からは西日が差し込み、夜が近いことを告げていた。

 

「エリック……?」

 

 呼び掛けると、部屋の隅で動く気配がした。マリーの前髪をかき上げる、大きなてのひら。気持よくて、そのまま眠ってしまおうかと思ったけれど、針先ほどの違和感を感じた。やがてマリーは気付く。
 この手は、エリックではない。

 

「誰、――っ」

 

 声は、唐突に口を塞いだてのひらに阻まれた。
 マリーは目を動かして、その人物を見る。逆光でよく見えないが、長身の体躯は男のそれだった。

 

「あれが戻ってくるまで、待とうと思ったが」

 

 低音が響き、マリーは目を見開いた。
 エリックの声と、聞き間違えるほどだった。

 

「暴れられても厄介だ。場所を移すことにしよう。――失礼」

 

 瞬間、腹部に強烈な打撃が入り、マリーの意識は途切れた。
 エリックの名を呼ぶ一瞬も、失われた。

 

 

 

 

後日談【1】 ネット小説【騎士と少女】 後日談【2】-2

 

 

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