後日談【2】-1 ネット小説【騎士と少女】 後日談【2】-3

 

 ――醜悪な魔女め

 

 低く、地の底から何本もの腕が延びる。
 魔女、魔女、と責め立てる。
 母親殺しだと。
 幾人もの人間を不幸にしたと。
 そして最後にはエリックから……すべてを、奪ってしまったと。

 

 

 

 

「眠りながら泣くのは、つらいだろう」

 

 マリーはうっすらと、目を開けた。
 ベッドの端を、橙色のランプがほのかに照らしていた。幾枚か重ねられた毛布。熱の痛みが目の奥にあり、辺りを見回すことすら億劫だ。
 それから遅れて、先の言葉が思い出された。
 泣きながら、眠るのは、

 

「つらくは、ない。ただ……悲しい」
「そうか」

 

 マリーは体を起こし、声のした方を見る。小さな部屋の隅に椅子があり、男はそこに座っていた。扉の近くにいるのは、逃走経路を絶つためだろうか。ランプの光が男の容姿を浮かび上がらせる。
 声だけじゃない。やっぱり……似ている。

 

「わたしを追ってきた、教会の者か」
「違う」

 

 男は短く答えた。

 

「では、ただの人さらいか?」
「似たようなものではある」
「偶然にしては、あなたはわたしの連れに似すぎている」

 

 男はわずかに片目を細めた。

 

「宿に手紙を残しておいた。奴がよほどのノロマでない限り、そろそろ辿り着くだろう」
「奴って――」
「マリー!」

 

 荒々しく扉が開かれた。同時に男が、一続きの動作で立ち上がり剣を抜き、止めた。
 エリックの、喉元だ。

 

「どうした、エリック」

 

 男の低音が、冷たく響く。
 エリックの右手は、剣を握っていたが、抜くまでには至っていない。紙一重まで迫った刃に、エリックは苦々しく眉を寄せる。

 

「エリック!」

 

 マリーは駆け寄ろうとしたが、酷いめまいがして、ベッドからずり落ちた。

 

「マリー、動くな。そこにいるんだ」

 

 エリックの言葉に、マリー、はかろうじて頷く。
 薬が切れたのだろうか。朝よりも熱が上がったようだ。

 

「もしここにいるのが私でなかったら、おまえと彼女の命はすでにない」

 

 冷徹に、男は告げる。

 

「腕が落ちたのではないな、エリック。今のおまえには冷静さが足りない。戦う者として、理性というたずなは常に必要だ」
「……その言葉、よく覚えています。従兄弟同士の集まりで、いつも聞かされていた」

 

 ゆっくりと、エリックが言う。 紫の双眸が炎に揺れた。

 

「あなたの、口癖でしたね……ライル兄上」

 

 

 

 

 深夜、空間を冷たい静寂が支配していた。
 剣を下ろさぬまま、ライルと呼ばれた男が言う。

 

「私のことを覚えていたか。ならばおまえは、非情な男だ。『私の妹』、レオナをどこへやった?」
「ちゃんと……すべて、お話しします」

 

 エリックはきつく眉を寄せて、マリーを見た。

 

「ただ、あの娘は関係ありません。自由にしてやってください」
「関係ないわけが、ないだろう」
「マリーは体調を崩しているんです」

 

 エリックは鋭い視線を投げた。
 ライルは一瞬沈黙したあと、剣を下げ、ベッドのかたわらへ足を進めた。マリーは戸惑って、ライルを見上げる。感情の窺えない、けれど深い光を宿した瞳があった。
 ライルは、床へ座り込んでいるマリーを抱き上げ、ベッドへ戻した。マリーを見つめながら、ぽつりと、エリックへ告げる。

 

「この娘は、レオナの身代わりか」
「違う!」

 

 エリックは声を荒げた。

 

 

 

 

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