後日談【2】-2 ネット小説【騎士と少女】 クリスマス企画2013

 

「レオナは、誰かが変われるような女でじゃない。それにマリーは――」

 

 エリックは言葉につまる。すき透るような双眸が、マリーに向けられた。
 切なさも含んだ、締めつけるような感情に、揺れる瞳。

 

「ミイラ取りが、ミイラになったか。まあいい」

 

 ライルは息をつく。

 

「私はおまえのような、教会の犬ではない。この娘のことなど、問うていない。――レオナだ」

 

 マリーは混乱する頭を落ちつけて、何とか状況を把握する。エリックが『ライル兄上』と呼んだこの男性は、レオナの兄だという。ということは、彼はエリックの従兄弟だ。従兄弟を兄と呼ぶほど、親しい間柄だったということだ。
 外見が似ているのも、エリックの血縁だからだろう。エリックがあと5年成長したら、ライルのような感じになるかもしれない。

 

「レオナが死んだと、教会から聞かされた。それは、真実か」

 

 エリックの表情が痛々しく歪んだ。

 

「兄上にすぐ、お伝えしなかったのは申し訳ないと思っています」
「真実か否か、回答はそれだけでいい」
「――真実、です」

 

 刃のような冷たい沈黙が落ちた。
 ライルは何も言わない。表情も崩さない。ただ、エリックを見る双眸にゆっくりと、闇が落ちている。
 エリックは重苦しく、レオナの最期を語った。それはライルだけでなく、エリック自身をも切りつける刃だった。マリーは息をつめて、ただ、エリックの口から零れる言葉を見ていた。
 鉛のような、氷のような、そしてまた、愛しみさえこもった彩りを。

 

「……それでレオナは、森に眠っているのか」

 

 最後に低く、ライルが問うた。
 エリックが静かにうなずくと、ライルは深く、双眸を閉じた。次に開いた時、すでに闇の色は失せていた。

 

「では私は今から、森へ向かおう。道中足止めをして、申し訳なかった」

 

 ライルの腕がマリーへ伸びばされ、軽々と抱きあげられた。思わず強張ったが、腕が優しくてマリーはライルを見上げた。
 目が合う。表情を伺わせない双眸。だが、エリックによく、似ている。
 ライルがエリックへ、マリーの体を渡した。ぐ、とエリックの腕に強く抱きしめられる。慣れた匂いと感触に、マリーは安堵して力が抜けてしまう。
 眼の前には、心配げに揺れるエリックの瞳があった。

 

「大丈夫か、マリー。怪我してないか」
「うん、大丈夫だ。ライルは――」

 

 マリーはそこで言葉を区切り、それからわずかに微笑んだ。

 

「ライルは、優しかった。乱暴なことなんて、されなかったよ」
「……そうか」

 

 エリックは安堵したように、瞳をゆるませる。ライルは扉を開き、背中越しに口を開いた。

 

「教会はおまえたちを追っている。警戒を怠るな」
「ああ、分かった。ありがとう」
「エリック」

 

 ライルの声音に、わずかだけ感情がこもった。深みを帯びた、低音だった。

 

「レオナを看取ってくれて、礼を言う。マリー。エリックを、頼む」

 

 

 

 

 

 すでに夕闇が辺りを包んでいた。小屋から出て、小さな林を抜けると、街道に出た。もう遅いので誰も通らない。30分ほど歩けば、元の町に辿り着くらしい。
 たいまつが、土を照らす。

 

「ライル兄上には本当に、敵わないな」

 

 マリーを横抱きにしながら、ゆっくりと歩道を歩く。夜風が優しくマリーの頬を撫でた。
 エリックの表情を見上げながら、マリーは胸が痛くなる。エリックの、ゆるく笑んだ口元に、切なさが滲んでいたからだ。
 それは、もう取り戻すことのできない過去に対する、懐古だ。
 マリーと出会ったことで、灰色に覆い隠された全てだ。
 ふと、エリックが足を止めた。
 優しい紫の瞳が、見下ろしていた。

 

「でもオレはマリーに一番、敵わない」
「え……?」
「宿に戻った時、マリーがいなかった。あの時どんな思いだったか、思い出しただけで手が震えるよ。情けないけどな」

 

 エリックの腕に力がこもる。ひたいにやわらかいキスが落ちた。

 

「オレにはもう、マリーだけだ。オレがこの道を選んだんだ。だからずっとそばにいる。誓うよ。一生、マリーを護る」

 

 マリーは何か言葉を返そうとした。けれど、言葉にならなかった。
 涙が零れおちてゆく。
 今、この瞬間、たとえ悪魔に囚われた自分でも、神様に祈ることを許されるだろうか。
 いや、祈りではなく、感謝を。
 エリックに出会わせてくれて、この奇跡を起こしてくれたことに、心からの感謝を。

 

 星明かり、月明かり、木々の声。
 道しるべは決して多くない。
 けれど、エリックの掌を一緒なら、どこへでも行ける。

 

 

 

 

後日談【2】-2 ネット小説【騎士と少女】 クリスマス企画2013

 

 

 このページにしおりを挟む
 トップページへ戻る