後日談【2】-3 ネット小説【騎士と少女】 

 

 気づけば、クリスマスがすぐそこに来ていた。
 エリックは宿屋の前で品物を広げている行商人を訪ねていた。

 

「迷うな。どれにしようか」
「お兄さん、コレへのプレゼントかい」

 

 スケベそうな店の親父がニヤニヤしながら小指を立てた。下世話である。

 

「ほら、木彫りのネックレスなんか売れ筋だよ。クロロの木が良くてね、色合いが綺麗なんだ。あとはそうだね、染め物だね。草木染めの巻き物なんかはどうだい」

 

 しかし親父はなかなか良いチョイスをする。エリックは迷いに迷った。
 この村に逗留して、10日。教会からの追ってを避けるために、一つのところにひと月もいられない生活を送っている。女性にとって過酷な旅に間違いないが、マリーは不満ひとつ零さない。
 そんな彼女に、素敵な物を贈りたいのだ。あまりに悩むエリックに、「お兄さんまだ?」と親父が言った。すでに飽き始めたようだ。
 と、その時である。マリーと誰かの話し声が聞こえて、エリックは振り返った。
 そして、盛大に眉をひそめた。

 

「――ということなんだ。だからマリーのことを誘いたいと思って。今夜時間があれば、一緒にどうかな?」
「本当にいいのか? 嬉しい。とっても楽しみだ」

 

 マリーは満面の笑みを広げた。話し相手である少年も、嬉しそうに微笑んでいる。彼は確か……村長の息子だ。ヴァンという名前だったか。
 この村にひと月ほど逗留するため、村長に挨拶に行った。その時が初対面だ。彼の目は、エリックを軽く通り越し、マリーだけを見ていた。正直、面白くなかったのを覚えている。
 出会って10日で、堂々とデートに誘うとは……。しかも夜だと? エリックはためらいなく、会話に割り込んだ。

 

「やあ、ヴァン。いい天気だね」
「あ、こんにちはエリックさん。でも雨降りそうですけどね」

 

 誠実そうな面差しを和らげて、ヴァンは答える。マリーが嬉しそうにエリックの腕を引いた。

 

「今夜村長さんの家でクリスマスパーティがあるそうなんだ。誘われたんだけど、エリックも行かないか? 村中の人が集まるらしい。きっと楽しいぞ」
「はい、エリックさんもぜひ。毎年趣向を凝らして、楽しいパーティにしてるんです。村民からの評判も上々で」
「ああ、なんだ、パーティか」

 

 デートではなかったようだ。ヴァンはニコニコしている。

 

「せっかく村に来てくれたんだし、これも何かの縁と言うことで、ぜひ参加してください。村の女性はドレスで着飾ってくるから、マリーもそうするといいよ」
「ドレスか……。あいにくだが、持っていないんだ」
「それなら貸してあげる。妹のドレスが何着かあるはずなんだ。サイズも同じくらいだからきっとぴったりだと思うよ」
「でもわたしに似合うかな。肌は日に焼けてるし、髪もパサパサだし」

 

 長旅のせいで、確かにマリーの肌はほんのりと黒く、髪も傷みがちだ。しかしエリックにとっては全く問題がない。そうフォローしようとした時、ヴァンが優しく声を掛けた。

 

「そんなことないよ。マリーはとても可愛いよ。この村の誰よりも、ドレスが似合うと思うな」

 

 エリックの中で、超危険信号が激しく点滅した。
 一方マリーは、顔を赤くして、慌てて首を振る。

 

「そんなことないぞ! ヴァンの妹の方がよっぽど可愛い。いやでも、ドレスはやっぱり嬉しいな……。本当に借りてもいいのか?」
「もちろん。今から僕の家に行こう。どのドレスが似合うのか合わせなくちゃ」
「ありがとうヴァン、すごく嬉しい! じゃあ申し訳ないけど、今からお邪魔して――」
「ちょっと待て、マリー」

 

 エリックはとっさに、マリーの肩をつかんでいた。びっくりしたように、マリーが振り返る。

 

「どうしたんだ、エリック」
「パーティに行くのはやめよう」

 

 マリーの表情が、サッと曇った。

 

「え……だって。どうして?」
「オレたちは追われる身だ」

 

 エリックはマリーの耳元で小さく言った。

 

「あまり村人に、オレたちの印象を残したくない。よそ者はただでさえ目立つんだ。パーティなんかに出て、交流を深めてしまうと一層印象に残ってしまう。今夜は宿にいよう」

 

 エリックのもっともらしい理由に、マリーは納得したらしい。マリーはしょんぼりと肩を落とした。そしてヴァンに、「申し訳ないけれど、欠席させてもらう」と告げた。
 落ち込むマリーを見て、エリックの背中に罪悪感がのしかかった。

 

 

 

 

「仕方ないな。わたしたちは追われているんだから」

 

 宿に戻った後、自分に言い聞かせるようにマリーはつぶやいた。またしても罪悪感が、エリックをチクチク刺す。苦し紛れに言った。

 

「ドレスなら、大きな街で買った方がいいぞ。いろんな素材や形のものがあるんだ。よし、次はサフの街に行こう。あそこは交易が盛んだから、いろんな物が集まるんだ」
「……ドレスなんて、どうでもよかったんだ」

 

 窓から外を見下ろしながら、マリーが言った。

 

「みんなで集まってパーティをする、ということをしてみたかっただけなんだ」

 

 エリックは胸を突かれた。――そうだ。マリーは幼い頃に村を追い出され、それからずっと父親と二人きりで暮らしていた。父親が亡くなった後は、一人だった。
 つまり、たくさんの人数でパーティをしたことが一度もないのだ。そういう賑やかで、楽しい場を知らない。
 エリックにさらなる罪悪感がのしかかってきた。

 

(オレはバカだ)

 

 つまらない嫉妬にマリーを閉じ込めて。
 もし、天国からレオナが見ていたら何て言うだろうか。「男の風上にもおけないな」と叱るだろうか、それとも「相変わらずだね、エリック」と呆れるだろうか。
 エリックは吹っ切るように、顔を上げた。

 

「ごめん――マリー。今からすぐに、ヴァンの家に行こう」
「えっ、どうして?」
「ドレスを借りるんだ。オレにも選ばせてくれ。マリーのドレス姿が見たい。それに」

 

 戸惑うマリーの手を取って、エリックは笑った。

 

「マリーの笑顔が見たいんだ」

 

 

 

 

 マリーが選んだのは、深い青色をした細身のドレスだった。サラリと落ちて、しなやかなラインを描いている。肩ひものタイプで、薄手の生地なので、純白の毛皮を羽織った。髪はアップにして、細やかに揺れるイヤリングをつけている。ヴァンの妹がセットしてくれたのだ。

 

「すごく綺麗だ」

 

 エリックが言うと、マリーは恥ずかしそうに笑った。ヴァンも歯が浮くようなセリフで褒めちぎっていたが、今回はそんなに気にならなかった。マリーの笑顔が輝いているだけで、エリックは満足した。
 パーティはとても賑やかで楽しかった。村中の女性が総出で作り上げた、様々な料理がテーブルに並んだ。若者が楽器を奏で、娘たちが歌い、皆で踊った。最後の余興に、ヴァンがサンタクロースの格好をして、大きな袋からお菓子を取り出し子供たちに配った。
 マリーはずっと笑顔だった。追われる旅の毎日に、もしかしたらエリックも疲れ切っていたのかもしれない。だから大切なことを見逃していた。本当はこんな風に、楽しそうなマリーを見ているだけで、幸せになれるのだ。

 

「とっても楽しかったな、エリック!」

 

 帰り道、満天の星の下で、マリーは言った。お酒を呑んだので、頬が上気してツヤツヤしている。エリックも多少呑んだが、ザルなので素面(しらふ)同然だ。

 

「パーティとはああいうものなのか。料理はおいしいし、音楽は楽しいし、ダンスもできたし――エリックの足を踏んでしまったけど。でもみんな楽しそうで賑やかで、すごかったな!」

 

 千鳥足のマリーをフォローしつつ、エリックは微笑んだ。

 

「そうだな。ここはいい村だ。みんな仲が良くて、人がいい」
「この村にまた来たいな。来年のクリスマスも、パーティがしたい」

 

 寂しげに言って、マリーはエリックの肩にもたれた。冷たい外気に、白い息が舞う。
 マリーは知っているのだ。この旅を続けている以上、また来年村に戻ってこれるという保証はどこにもない。久しぶりに呑んだアルコールが、マリーの押し隠した本音を表に出させたのだろう。
 それでもエリックは、笑って「そうだな」と頷いた。

 

「何とか来年も、この村に来れるようにしよう。そういう目標があった方が、旅の張合いも出るってものだ」
「ありがとう、エリック」

 

 酩酊して潤んだ瞳で、マリーは笑った。思わず抱きしめそうになったエリックだが、マリーが「そうだ!」と手を打ったため、なんとか押し止まることができた。
 危ない危ない、ここは村の通り道だ。誰がどこで見ているか分からない。

 

「この前行商から、これを買ったんだ。はい、エリック。クリスマスプレゼント」

 

 マリーが小さな包みを取り出した。エリックは驚いて、

 

「これをオレに?」
「気に入ってもらえるか分からないけど……」
「気に入るにきまってるじゃないか。ありがとう、開けてもいいか?」

 

 包みの中には、銀色の留め金(とめがね)が入れられていた。なめらかな藍色の石がはめ込まれ、繊細な彫刻が施してある。

 

「マントを留める金具なんだ。今持ってるのが錆びていたみたいだったから、新しいのをプレゼントしたいなと思って」
「マリーの言う通りだよ。錆びていて、留めにくくなっていたんだ。でもよく見てたな」
「うん。――エリックのこと、ずっと見ていたから」

 

 恥ずかしそうにマリーは言った。エリックは今度こそ、マリーを抱きしめた。

 

「ありがとう、マリー。とてもうれしいよ」
「喜んでもらえてよかった。ところでエリック、わたしへのプレゼントは?」
「……」

 

 エリックは蒼白になった。
 そういえば、プレゼントを買おうとしたところに、ヴァンとマリーが話しているのを見かけて、そのまま――
 マリーが不審げに見上げてくる。

 

「もしかして、ないのか?」
「え、いや、それはそのつまり」
「そうか、ないのか……」

 

 マリーはうつむいた。これはまずい。非常にまずい。女性からプレゼントを受け取って、自分からはナシなどと、騎士の風上にも置けないではないか。
 エリックがうろたえていると、マリーが顔を上げた。お酒のせいか、それとも怒りのせいか、目が座っている。

 

「許さないぞ、エリック」
「ごめんマリー。明日の朝一番に、何でもマリーの好きなものを――」
「いやだ。許さない」

 

 そこでマリーは、悪戯っぽく笑った。

 

「キスしたら、許してやる」

 

 エリックの目が点になった。普段のマリーらしくないおねだりだ。これはやはり、相当酔っている。早く宿に連れ帰って、水を飲ませて休ませなければ。
 しかし。
 しかし、である。

 

「――マリー」

 

 エリックは低く囁いて、そっと、甘やかな唇に口づける。腕の中の柔らかな体を、ゆっくりと抱きしめた。
 輝く星空の下、エリックは紛うことなく、幸せだった。

 

 

 

 

後日談【2】-3 ネット小説【騎士と少女】 

 

 

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