ネット小説 【LAM】 ≪1≫ACT1-A

表紙
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 時は西暦20XX年。
 凄まじい新型ウイルスの猛攻に、人類は――滅びかけていた。

 

 

 

 

 午前3時40分。
 倉地(くらち)ヤマトはたたき起こされた。
 たたき起こしたのは、今見ていた『夢』である。

 

(何だ、今のは)

 

 じわりと、首すじを汗がつたう。
 ヤマトはドラッグ『LAM(ラム)』を常用している。天才少年神崎(かんざき)リョウが作り上げたそれは、人々を魅了してやまない。あいたい人に、いとも簡単に会えるからだ。
 それは『夢の中』というバーチャルな世界での話だが、夢も希望もない『強制収容所』の中ではおそろしく甘い飴だ。

 

「……ユイ」

 

 ヤマトは苦しげにつぶやいた。
 彼女に会わなければ、と思う。そうでなければ、もう眠れそうになかった。

 

 

 

 

 関東地区の強制収容所は全部で18ある。
 1棟の最大収容人数は1万。
 その中に、約1万3千人の『非感染者』が無造作につめ込まれている。ごく狭いスペースに、3段のパイプベッドが4つ。そういった部屋がいくつも作られた。薄汚く、陰鬱な空間である。
 昼間は過酷な労働を強いられ、夜はここで死んだように眠る。
 それは、『感染者』たちの『復讐』であった。

 

 10年前、事態は今と真逆だった。
 人類は、感染者(通称AR-アール-)の徹底した隔離政策を断行していた。定期的に検疫を行い、陽性の者は速やかに医療施設に収容した。
 しかし医療施設とは名ばかりで、壁の中は不衛生極まる劣悪な環境だった。健康な医師や看護師は一人も常駐せず、病室だけでなく廊下や階段にまで、死体があふれた。

 

 それでも良かった。
 非感染者(通称NAR-ナール-)たちは政府の政策を支持した。
 その後世界人口の半分以上が病に冒されることになるのだが、それでも支持し続けた。
 NARにとって、『目に見える場所に病がない』ということが最も重要だったのである。

 

 だが、8年後、悲劇は起きる。
 『特殊な病状』を武器にしたAR(アール)のクーデターにより、NARによる国家組織は転覆。
 NARは一転して、迫害される側となったのである。

 

 

 

 

「ヤマト、なに。こんな時間に」

 

 羽崎(はさき)ユイは眠たげに目をこすっている。
 いつもの様子にヤマトは安堵した。
 ユイの寝場所は隣の部屋、3段ベッドの1番下である。同室の人々は、泥のように眠っている。
 中にはLAMによる至福の夢を見ている者もいるのだろう。LAMは高価だ。すべての人間が毎晩使えるわけではない。

 

「悪い。ちょっと気になったことがあったんだ」
「ヤマト、顔色悪い」

 

 ユイは眉を寄せた。

 

「またあれ飲んでたの? あたし反対だな。LAMが買えなくて発狂しちゃった人もいるんだよ」
「それは子供を亡くした母親だろ。LAMで毎晩赤ん坊が抱けるならそうなるさ。LAM自体に中毒性はない」

 

 ヤマトは笑みながら、立ち上がる。

 

「オレにとって、LAMはただの娯楽。それ以上でもそれ以下でもないさ」

 

 

 

 

 かりそめの幸福に、執着はない。
 LAMの見せる夢は、ただのゲームだ。
 だが、収容所で爆発的に広まるその心理を、理解できなくもない。

 

 世界のあらゆる地域でほぼ同時に発生した、不死の病『アルカディア』。
 感染者の体液を取り込むと感染するこの病は、世界中を席巻した。潜伏期間が6か月と長く、発症後の生存期間は10年から20年とさらに長く、ごく微量の体液でも感染するためだ。
 結果、人類は世界人口の70%を失うことになる。

 

 ヤマトたちは、収容所に押し込まれ、迫害され、そして病から守られている。
 これほど滑稽なパラドクスがあるだろうか。いや、ただの皮肉か。
 ヤマトは銀色のフィルムを見おろす。開発者である神崎リョウに、相談する必要があった。

 

 

 

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