ネット小説 【LAM】 ≪5≫ACT2-C

表紙
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 ミナトがいつ感染したのか、ヤマトは知らない。潜伏期間が長すぎるためだ。
 けれど、ある日突然、ミナトが『紫の涙』を流した。それはアルカディア
に感染した人間の、初期症状だった。
 ――それは5年前。まだ、NAR(ナール)がAR(アール)を隔離していた頃だ。
 自分達は12歳だった。幼く頼りなく、不安で泣いてばかりいる兄を、ヤマトは必死で守ろうとした。ARへの差別はすでに弾圧と呼んでいい程に劇化していた。ARは特殊病院という名の隔離施設に移され、ひどく不衛生な環境で放って置かれた。周りには電気鉄格子が張り巡らされ、生きて戻れた人間はいなかった。

 

(大丈夫だ、ミナト)
(俺がついてる。最後まで必ず、俺がおまえを守ってやる)

 

 ヤマトは必死だった。
 父も母も、2年前アルカディアで亡くしていた。ミナトは唯一の家族だった。かけがえのない存在だった。
 ミナトと自分がそっくりな事を利用して、健康診断では日にちをずらし、一人二役をこなした。一卵性双生児はDNAまで同じだから、見破られようもなかった。
 ユイも味方だった。隣に住む幼馴染で、ずっと一緒に育ってきた。彼女も両親をアルカディアで亡くしていた。
 ミナトはいつも、泣いていた。見つかると危ないので、2階の屋根裏部屋にこもっていた。泣きながら不安と、恐れと、そしていっぱいの感謝を伝えていた。そんなミナトを、ヤマトもユイも、愛した。
 だが、それから2年後だ。ARのクーデターは成功し、NARは一転して、ARの奴隷へとなり果てた。

 

「僕……、もうすぐ死ぬんだ」

 

 泣きながらミナトは、笑った。
 ヤマトとユイは、2畳程の狭い牢屋に閉じ込められていた。
 収容所に押し込まれる前段階に、NARは一旦この場所へ移送される。正面の壁がガラス張りになっていて、外側にミナトがいた。

 

「もうすぐ、死ぬんだ。でも、ヤマトとユイだけは絶対に、死んで欲しくな
いんだ。だから、『統括局(とうかつきょく)』に連絡した」

 

 そうしてミナトはARに2人を、売った。
 ヤマトとユイは、無言でミナトの言葉を聞いていた。
 自分達からは何も、伝えるものはなかった。

 

「ヤマトとユイは奴隷になる。でも、収容所にいれば感染する事はない。……僕は、感染してからずっと、君達に守られていた。だから今度は僕が、ヤマトとユイを守る」

 

 紫の涙。
 体内から溢れだした、アルカディアウイルスの『死体』。
 彼らは体内の神経組織を溶解させる液体を吐き出したのち、死ぬ。同時に、無数の分身を生むのだ。

 

「ずっと、この僕が……守っていくんだ」

 

 

 

 

「あれ以来、おまえLAMを飲まないんだな」

 

 研究室で、リョウが言った。ヤマトはケミカルボックスを机に置きつつ、笑う。

 

「悪趣味な夢を見たからな。タダで流してくれたおまえには感謝してるけど、もう飲まない」
「ヤマトらしくないな」

 

 リョウは試験管を揺らす。

 

「夢に思い入れは、しないんじゃなかったのか」
「……リョウ。ミナトが気になる事を言ってたんだ。おまえ聞いた事あるか? ユイが、招婦に選ばれたって話」

 

 リョウの手が止まる。ゆっくりとヤマトを振り返った。

 

「いや、聞いていない。けれど、近々それらしい発表があるかもしれないということは耳に挟んだことがある」
「……。じゃあ、まだ可能性はあるってことか」
「招婦、か」

 

 リョウは手元に視線を戻す。試験管を傾けて、液体を実験器具に注ぎ込んだ。

 

「奴隷として使役された果てに、確実に感染して、死ぬ。今の時点で考えうる、最悪の道だな」
「そりゃ自殺者も多発するよな」
「けれどユイには最良の道とも言えるかもしれない」
「……、何?」

 

 ヤマトは鋭い視線をリョウに向けた。

 

「おまえ正気かよ」
「売りに出されたユイを、おまえの兄が買えばいい。ユイには指一本触れないし、無菌室に入れてアルカディアウイルスからも守るだろう。オレは倉地ミナトに会った事はないから全て予測の範囲だがな」
「……。ああ。そういう事か」

 

 リョウの言う通り、ミナトならばやるだろう。全身全霊をかけて、ユイを守るに違いない。
 けれど、ヤマトはそれきり口を閉ざした。脳髄を舐め上げるように、生々しく3年前の記憶が蘇ったからだ。
 ARによるクーデターが完結したあの時。ミナトはあっさりと、ヤマト達を統括局に『売った』。そして今、別の形でユイを買おうとするのか。
 無意識にヤマトは、手の平を堅く握りしめていた。

 

 

 

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