ネット小説 【LAM】 ≪6≫ | ACT2-C

表紙
1 2 3 4 5 [6] 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 fin.

 

 食堂では、いつものようにユイがヤマトたちを待っていた。

 

「夕食3人分、貰ってきてるよ。それよりもミナト元気だった?」

 

 にっこり笑うユイの隣に腰を下ろす。『空き地』へ行った次の日の、ユイの言葉はいつも同じだ。

 

「顔はまだ、普通の色だった。防護スーツの下はどうだか分からないけどな」
「そう。良かった」

 

 アルカディア患者は末期になると、全身が紫に変色する。一番最後に染まるのが顔面で、そうなったら余命1ヶ月もないと申告されるのだ。

 

「でも……。アルカディアは苦しまない病気だから、それがまだ救いだね」
「痛覚がないからクーデターが成功したんだけどな。おかげでオレ達NARは収容所暮らしだ」

 

 ここに、アルカディア――理想郷、の由来がある。
 アルカディアは苦痛を伴わない病だ。ウイルスはまず、痛覚を司る神経から溶かしてゆく。だから死の直前でも、痛みに耐える必要はない。
 苦痛のない死。だから理想郷という名がついた。例え全身がグロテスクな紫に染まり、内側から徐々に腐って死んでいくとしても。
 そして、クーデターが成功した鍵でもある。痛みを知らない兵士ほど、強いものはない。

 

「今日ひさびさに身体検査があってね。痛い事もされてほんと最悪な一日だったよ。まあでも、アルカディアに感染してるかどうか調べる為だし、仕方ないけどね」
「……身体検査? 先月やったばっかだろ。何でまた今月もやるんだ?」
「さあ。もしかして先月の検査で、異常が見つかったのかもね。何にも言われなかったから、わかんないけど。……ああ、そういえば」

 

 ユイは首を傾げた。リョウは関心なさそうに、ミネラルウォーターを飲み干した。

 

「今回は写真をたくさん取られたなぁ。普通は1枚取るだけなのに、10枚くらい。なんでだろ」

 

 ヤマトは思わずスプーンを落とす。金属音は、心の衝撃に比べて軽すぎた。

 

「どんな写真を撮ったんだ? その時何か言われたか?!」
「い、痛いよヤマト」

 

 腕を強く掴まれて、ユイは驚く。だがヤマトの力は緩まない。

 

「答えろユイ、大事なことだ!」
「別に何も言われてないよ。ただ身体検査して、写真とって、それで終わり。アルカディアに感染してるとも言われなかったし、大丈夫だよヤマト」

 

 そのような単純な問題ではないのだ。もし、ユイがミナトの話を聞いていたら、こんなに脳天気ではいられないだろう。
 ヤマトは舌打ちする。
 それでもユイに、言う気になれない。確定したわけではないのだ。いたずらに動揺させたくない。
 だが、追い打ちをかけたのは無機質なスピーカー音声だった。

 

『タナカ・ミズホ、サタケ・ナオ、ハサキ・ユイ、ミズノ・ヨウコ、……、以上37名』
「ん、あたしだ」

 

 ユイが顔を上げる。彼女の腕をつかんだまま、ヤマトは指を動かせない。

 

『最重要連絡事項あり。至急、A-23室へ出向せよ。繰り返す。最重要連絡事項あり。――』

 

 それまでざわついていた食堂が、息を呑み込んで静まり返った。
 誰が皿を落としたのか、……激しい破砕音が、響き渡るまで。
 食堂は騒然となった。女の嘆きが聞こえる。男の怒りも聞こえる。
 でも最も大きくヤマトの肌を刺したのは、、衝撃に撃たれた少女達の、言葉にならない問い掛けだった。

 

『 今、呼バレタノハ、ワタシ ? 』

 

 ―― 嘘 だ 。

 

 女の名前ばかりが、30人以上、呼ばれる。
 最重要連絡。
 それはただ1つの事実しか示さないことを、収容所の誰もが知りぬいている。

 

 

 

表紙
1 2 3 4 5 [6] 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 fin.

 

 このページにしおりを挟む
 トップページへ戻る