ネット小説 【LAM】 ≪7≫ | ACT3-A

表紙
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 母親の嘆き。父親の怒り。友の涙。恋人の叫び。
 それは、気紛れに引かれる最も残酷な人生の幕だった。

 

「ユイの落札価格が、決まったよ」

 

 色の失せた面で、ミナトは告げる。

 

「16万クラウン。僕の全財産はたいても、無理だ」
「……そうか」

 

 今日の『空き地』は陰惨だった。
 誰もが皆、絶望している。
 そして今回呼ばれた少女達は誰1人、この場にいなかった。

 

(……それはそうだよな)

 

 ヤマトはあの日以来、あまり働かない頭で思う。
 あの底抜けに明るいユイですら、あれからずっと、ヤマトを避けているのだから。

 

「ネットオークションでね。どんどん落札価格は上がっていったよ。……僕にはどうにもならなかった」
「……買ったのはどんな奴だ?」
「分からない、全然……。落札者の情報は、完全に秘匿されるんだ」

 

 ヤマトは、骨が軋むほどに拳を握りしめていた。
 ミナトは、だが、全く違う表情を浮かべていた。

 

「僕は……一体何なんだろう。だって、護っていけると思ったんだ」

 

 ミナトは嗤(わら)っていた。自分自身を嗤っていた。
 防護ガラスの向こうで、涙を流しながら。

 

「僕を護ってくれてたヤマトとユイを、ウイルスから護っていけるって思ってたんだ。それなのにどうしてだろう。僕は幸せだった。君達がいなくて、あとはもう一人きりで死んでいくしかなくて、気が狂いそうなほど怖かったけど、それでも僕は幸せだった。だって収容所にいればヤマト達は感染しないんだ。僕のそばにいればいつか感染してしまう。こんな恐ろしい、病に」

 

 ミナトは自身の両手を見つめた。分厚い防護スーツの下に隠れされた、皮膚。

 

「ヤマト。僕の変色はもう、指の先まできてる。顔面が染まるのも時間の問題だよ。だから僕は、いつ死んだっていいんだ。でもユイは違う。ユイとヤマトは違う。そうだろう? だから僕は助けたい。『何をしてでも』ユイを助けたい。何とか逃がせないかな。なんとか……」
「くだらないことを考えるなよ、ミナト」

 

 ヤマトが睨み上げる。ミナトの浅はかな考えなんて、簡単に読める。

 

「おまえ一人で何ができる。例え収容所内へ忍び込もうとしても、兵士に撃たれて犬死にだ」
「ヤマトに迷惑は掛けない。だから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃねえよ!」

 

 ヤマトの激昂に、ミナトはたじろいた。

 

「でも、……でも、ヤマト。じゃあヤマトは、このままユイが買われていってもいいって言うの?」
「知った口をきくな」

 

 3年前、ミナトはヤマトとユイを死なせない為に、統括局へ連絡をした。
 その結果が、これだ。

 

「おまえさ。死んだ方がマシだっていう状態、知らないだろ」

 

 低い声でヤマトは言う。弾劾の響きが滲むのを抑える事はできなかった。
 もう、限界だ。

 

「3年前、オレたちがここへ来るまで、オレとユイはおまえを匿ってた。おまえから感染する可能性があったことは分かってる、でもおまえを絶対に、NAR(ナール)に渡したりしなかった! 命を懸けて護ったおまえに、売られたオレたちの気持ちが分かるか? 無だよ。何にも感じないんだよ。悲運を嘆く思いも、今後を恐怖する気持ちも、おまえを責める言葉も、何にも出てこないんだよ。そういう思いが、おまえに分かるか? こんなことになるなら殺せば良かったんだ、オレもユイも! 統括局へ売る前に!」
「じゃあ、ヤマトは」

 

 ミナトの声は震えていた。ヤマトは肩で息をしていた。

 

「僕がしたことを、恨んでいるのか?」
「恨むとか憎むとか、そういう次元じゃない」

 

 あまりにも昏く、救いのない声音だった。自分の両目が、どれほど深い闇を孕んでミナトを見ているか、分かっていた。

 

「そんな風にオレの心はできちゃいない。だから何も感じられない。それが、とても、」

 

 ……苦しいんだ。
 呼吸とともに、続く言葉を押しこむ。
 握りしめた手の平から血が滲んでいた。自分の爪が皮膚に食い込んでいた。
 ミナトとの間に、果てのない沈黙が広がる。
 誰よりも近い人間が、永久に遠ざかった瞬間だった。

 

「……時間だ。戻る」

 

 沈黙に耐え切れなくなったのはヤマトだった。
 ミナトの目を見ることなく踵を返した。追う声はなかった。
 だから彼がどのような表情をしていたのか、ヤマトは知りえなかった。……永遠に。

 

 

 

 

 ――分かってる。
 ヤマトは毛布を膝に掛けたままベッドに座っていた。
 深夜2時。
 眠れるわけがなかった。
 本当は、分かっているのだ。

 

(ミナトは、ああするしかなかった)

 

 どうにもならない事で責めただけだ。
 ただ吐け口にしただけだ。なぜなら、ミナトは悪くない。少しも悪くない。
 自分がミナトの立場だったら……、同じ事をしていただろう。
 ユイとミナトを護るために、自分の手で収容所へ送っただろう。

 

「畜生」

 

 曲げた膝に額を落として、ヤマトは呟いた。
 毛布に押しつけた唇を、きつく噛んだ。

 

「畜生……!」

 

 ユイ。
 ミナト。
 すべてが失われていく。
 砂で積み上げただけの、塔のように。

 

 

 

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