ネット小説 【LAM】 ≪8≫ | ACT3-B

表紙
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「久しぶり、ヤマト」

 

 小さな笑顔に、ヤマトはすぐ反応できなかった。
 ここ3日、食堂に姿を現さなかったユイが、笑みを浮かべながら隣に座ったのだ。

 

「リョウ君も久しぶりだね。元気だった?」
「ああ」

 

 リョウは関心なさそうに頷く。いつも通りに。
 それでもヤマトはまだ、反応を返せないでいる。

 

「ヤマト、……痩せたね」

 

 ユイがぽつりと、言葉を落とした。

 

「ごめんね」

 

 瞬間。
 ヤマトの内で、激しい波が荒れ狂った。それはどういう名で呼べば良いのだろうか、確かに大きな衝撃であった。けれど衝撃だけではこれほどの波は生まれなかった。そう、恐らくこれは。
 恐らく、名をつけるのならば。

 

(絶望……?)

 

 ヤマトはゆっくりと、顔を上げる。まっすぐにユイの目を射抜いた。
 青白い顔、こけた頬。彼女も衰弱しきっている。

 

「ヤマト?」

 

 ユイが眉を寄せて、首を傾げた。
 その表情に、――自分の事よりもヤマトを気遣う表情に耐えられなくて、ヤマトは乱暴に肩を引き寄せ、抱きしめた。
 ユイの息が一瞬、止まる。それでもヤマトはユイを強く腕の中に閉じ込めて、柔らかい髪に顔をうずめた。
 ユイは何も言わない。リョウも、何も言わない。
 慟哭が向かう先は、どこにもなかった。誰一人、責める事などできなかった。なぜならミナトは悪くないからだ。凄惨な差別を受けてきたAR(アール)も悪くないからだ。病を恐れたNAR(ナール)も悪くないからだ。
 誰も悪くない。ただ、愚かなだけだ。
 この自分も。
 救いようのないほどに。

 

 

 

 

 事態が発覚した時には、もう遅すぎた。 

 

「倉地ミナトが失敗した」

 

 ヤマトの部屋になど滅多に来ないリョウが、早朝、ドアの前で待っていた。
 ルームメイト達が覇気のない表情でぞろぞろと歩いていく中、ヤマトはリョウの前で立ち竦んでいた。
 うまく理解できない。リョウはもう一度、噛み砕くように言った。

 

「ミナトが失敗した。ユイを助け出そうとして捕まった」

 

 ―― 何?

 

「ユイは公開処刑になる。死刑執行人はミナトだ。彼は末期のAR(アール)だ、死刑にするまでもないと統括局は判断したんだろう。だから精神的処刑の断行に至ったわけだ」

 

 精神的処刑?
 口周りの神経だけが、ピクピクと痙攣したのが分かった。
 馬鹿な。まるで自分は、笑ってるようではないか。
 なんて、馬鹿な。

 

「中世ヨーロッパでは、ギロチン処刑は民衆の娯楽だったという。鬱屈された毎日の、効果的な刺激だったんだろうな。ARどものする事はそれに似ている。奴らは近い内に必ず死ぬという最悪の鬱屈を体内に飼っている。ただのギロチンじゃ到底足りない。行き過ぎた嗜虐趣味はそこから来ているのだろう。オレから言わせれば、ただの悪趣味だが」

 

 ミナトが……、ユイを、ころす。
 命を懸けて救おうとした果てに。

 

「明日の正午に行われるそうだ。NAR(ナール)も見学できるよう、空き地で行われる。見せしめだろう。オレが伝えたかったのはこれだけだ。じゃあな」

 

 ヤマトの返事を待たずに、リョウは去っていった。彼の背中さえ、今のヤマトの目には映っていなかった。

 

 

 

 

 ――あの、夢。
 ヤマトはポケットに手を突っ込む。乱れる息を抑える事ができない。頭の真ん中が熱すぎておかしくなりそうだ。
 鷲掴みにした錠剤。震える手の平を開く。銀色のフィルムに一つずつ包装されたのが、3錠。
 LAM。

 

(今日の午後―― 空き地)
(公開処刑、)
(――見せしめ、――失敗、)

 

 ミナト、ユイ。
 フィルムをむしり取る。ミルク色の一粒。勢い良く蛇口をひねった。共同シャワールームには今、誰もいなかった。
 頭から冷水を浴びる。冷たさなんて感じない。もっともっと、頭を冷やさなければ。そして。
 そして。

 

「あの、夢……!」

 

 ヤマトは錠剤を飲みくだした。
 すべて、同じだった。見ていたのだ。見ていたのだ、自分は。知っていたのだ。それなのに。
 それなのに!

 

 ヤマトはシャワーの下で、ずるりとしゃがみこんだ。そのまま目を閉じて、横たわった。
 頬を叩く粒が、激しい雨音のようだった。
 ……そうだ、雨だ。

 

(あの時も、降ってた)

 

 屋根裏に隠れていたヤマトとユイを、統括局の人間が迎えに来た日。
 ミナトが一人きりになった、あの日。
 ヤマトは笑った。
 くつくつと低く、一人きりで。誰にも見つけられず、静かに眠りに落ちるまで、ずっと。

 

 

 

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