ネット小説 【LAM】 ≪10≫ | ACT3-D

表紙
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 バシャリ、と容赦なくぶっかけられた冷水で、ヤマトは現実へ引き戻された。

 

「え……?」
「え、じゃないこの馬鹿」

 

 バケツを置き、呆れた溜息をついたのは神崎リョウだ。焦点が定まらない両目で、ヤマトはまばたきをする。

 

「……リョウ?」
「あんな場所で寝る馬鹿がいるか。オレが一番最初に見つけたからいいものの、ARの監視カメラに映らなかっただけでも奇跡だ」
「映ってたけど、看守がサボって見つからなかっただけじゃないのか? あの監視カメラに死角はねえだろ」
「屁理屈をこねるな、低脳」

 

 冷めた表情でずばりと言われて、ヤマトは言葉に詰まった。天才少年神崎リョウは、どうやら余程ご立腹らしい。

 

「リョウ。今、何時だ?」
「昼前。ちっとも荷物を搬入しに来ないからまさかと思って探しに行けばこのザマだ。ここへ運ぶのにどれだけ労力がいったと思ってる。おまえなど、ウォーターパックの下敷きにして、台車で運んでやった。タイヤ付きで運んでも重すぎだ、さっさと減量しろ」
「オレが悪かったよ、だから機嫌直せよ。話が前に進まねえだろ」

 

 リョウは舌打ちする。椅子に腰掛け、足を組んだ。
 リョウの実験室だった。シャワールームから距離があるため、確かに運ぶのは大変だっただろう。

 

「話って何だ。おまえ、LAMを飲んだだろう」
「ああ。LAMで見た夢の通りになったから、もしかしたら、もう一度見れるんじゃないかって思って。ちょっと混乱して、シャワー室で飲んだのはまずかった。悪かったよ。でも夢は見た。ミナトとユイの夢だ」
「……。で?」

 

 ヤマトは立ち上がる。濡れた前髪を払って、真っ直ぐにリョウを見つめた。

 

「見れたさ。悪い事に、過去から現在、未来まで全部な」
「未来?」

 

 眉を寄せるリョウを、ヤマトは見つめていた。
 表情、声、視線、それらが意図するものを残らず掬い取ろうろと。

 

 ―― よくやった。上出来だ、……倉地ヤマト。

 

 あの、声。

 

「どんな未来だった? ユイとおまえの弟はどうなったんだ」

 

 いつも通りの冷静な表情だ。だから分からない。彼が何を考えているのか。
 神崎リョウはミナトと直接会った事がない。自分とユイから話を聞いている程度だ。
 だから、余計に分からない。
 ヤマトは冷静だった。極限の混乱の先にある、研ぎ澄まされた冷静さだ。リョウが何を求めているのか分からないから、ヤマトは言葉を選ぶ。話の筋道を選ぶ。
 まずは。

 

「……前に見た夢と何の変わりもなかった。結局ユイはミナトの手で殺された。オレはそれを見ていることしかできなかった」
「考えうる可能性はこうだ。おまえは実験段階からLAMを服用していた。その後も優先的に、タダでLAMを常用していた。つまり、摂取量は服用者の中で最も多い。LAMは人間の脳に深く働きかける。潜在意識に刺激を与え、最も会いたい人間に会うというバーチャルを創り出す。その作用がおまえの場合、『働きすぎた』のかもしれない。人間の潜在意識はとてつもない可能性を秘めている。日常のわずかなヒントを見逃さず、スーパーコンピュータさながらの正確さで、考えうる未来を弾き出す。過剰に働いたLAMが、おまえに未来を夢として、顕現させたんだ」
「相変わらず難しい説明だけど、つまり今の事態は、オレがあらかじめ予想してた未来ってことか」
「AR(アール)のわずかな動きや可動カメラの反応を見れば、ユイが呼ばれることを予測できたのかもしれないな。凄まじいポテンシャルが必要だが、不可能な事ではない」
「おまえは? リョウ」

 

 ヤマトは鋭く切り返した。リョウは言葉を詰まらせる。

 

「……何の事だ?」
「いや。スーパーコンピューターさならがの正確さっていうなら、天才少年のおまえも同じようなもんかなって思って」
「オレに分かるわけないだろう。分かったのはヤマト、おまえが羽崎ユイと倉地ミナトを常に意識していたからだ」
「オレはユイが死んだ後の未来も、見たんだ」

 

 沈黙が落ちた。薄氷の上に立つような緊張感が張りつめた。少しでも間違えれば、身を切る氷水に落ちてしまう。
 ゆっくりと、神崎リョウは口を開く。見据える両目は異常に黒かった。

 

「どんな未来を見た?」
「オレがミナトを殺した。……そして、その後」

 

 ヤマトは大きめのビーカーをつかむ。机に叩きつけると甲高い音が部屋中に響いた。鋭く尖った即席の刃を手に、ヤマトがリョウを睨み上げた。

 

「オレの背後に男がいた。そいつはミナトを殺したオレを褒め称えた、まるで仕込んだ芸を無事こなした猫を褒めるように。それはおまえ。おまえだったんだ、神崎リョウ」

 

 

 

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