ネット小説 【魔女のイケニエ。】 (2)

【1】 ネット小説【魔女のイケニエ。】 【3】

 

 カナンはしばし呆然と、目の前の、非力に見える少女を見つめた。

 

(ババアじゃなかったのか…)

 

 いや、魔女なのだから見た目年齢だけ10代で、実は100歳だということもある。
 カナンは恐る恐る尋ねた。

 

「おまえ、何歳だ?」
「今年の秋で、15になる」
「年下?!」

 

 カナンは17歳である。

 

「おまえ、本当に森の魔女か?」
「ああ、そうだ。……この森に魔女はわたし一人だから、恐らくそうなんだろう」
「一人なのか? 召使いとか、カラスとか、ネズミとか、そういうのはいないのか?」
「ああ、まあ、いるんだかいないんだか、っていうのは一つ心当たりあるが、基本は一人きりだ」

 

 少女は寂しげに微笑んだ。細い肩は儚げな印象さえある。
 調子が狂う。カナンはしばらく、整った少女の面ざしを見つめていたが、ハッと我に返った。
 そういえば自分は、魔女をやっつけに来たんだった。

 

「おい、魔女。おまえ名前は何ていう」
「ロゼッタだ」
「ロゼッタ、ロゼだな」
「あ、ああ……」

 

 よくあるニックネームで呼ぶと、魔女――ロゼッタはなぜか、恥ずかしそうに頬を染めた。そして逆に聞き返してきた。

 

「え、ええと、おまえの名前は?」
「カナンだ。ターニア村のカナン」
「ターニア? 聞いたことがあるな。ああ、森の近くにある、あの村か」

 

 ロゼッタが村の名を何気なく口にしたので、カナンはカチンときた。

 

「すっとぼけんな! おまえが3日前に生贄をヨコセって言ってきた村だろ」
「イケニエ? なんの話だ?」

 

 ロゼッタは、形のいい眉をひそめた。

 

「何の話って……おまえが5年前から言い始めたんだろ。渡さなかったら天災起こして報復しただろうが」
「そんなこと、わたしは言ってない。天災もおこしてないぞ」
「ウソつけ! この森にはおまえしか魔女はいないって、さっき自分で言ったじゃねえか。だったらおまえしかいないだろ」

 

 カナンはイライラした。ここへきて、ロゼッタはトボけようとしている。
 しかし、何となく、ロゼッタは本当に知らないようにも見えた。困り果てている様子だ。
 いや、とカナンは首を振った。騙されるな。これも演技だ。何しろ相手は 百戦錬磨の魔女なのだ。
 するとロゼッタは、ハッとしたように顔を上げた。

 

「5年前からと言ったな。……まさか」

 

 カナンは眉をひそめて、続きを待つ。だが、ロゼッタは深刻な表情のまま、別のことを口にした。

 

「……もう夜も更ける。暗闇の森は危険だ。今夜は泊まっていくといい」
「今夜は、ってことは明日には村へ帰れってことか?」
「いや」

 

 ロゼッタは真剣な目で、カナンを見た。

 

「わたしがいいと言うまで、ここにいてもらう」

 

 

 

 

 夕食は、ロゼッタの手作りだった。湯気の香る豆スープとパン。質素な食事である。
 カナンは警戒しつつ、椅子に座った。

 

「毒でも盛ってるんじゃないだろうな」
「嫌なら食べるな」

 

 そっけなくロゼッタは言う。ぐう、とカナンの腹が鳴った。何物にも、空腹には代えられない。カナンはパンを一口食べた。うまい。あとは、ただ猛烈に詰め込むだけだった。

 

「おかわり!」
「おいしかったか?」
「うまい」

 

 カナンがうなずくと、ロゼッタは頬を赤らめ、嬉しそうな顔をした。
 結局、スープもパンも5回ほどお代わりをした。母親にいつも呆れられるが、カナンにとっては普通の量である。
 特に毒を盛られた様子はなかった。食後のお茶をすすっていると、次第に警戒心が薄らでいく。
 いやまて、とカナンは気を引き締めた。
 ロゼッタは過去、5人もの若者を連れ去って行った魔女なのだ。どんなに無害そうで、素朴そうで、可愛らしい少女であろうと、恐ろしい魔女であることに、違いはないのだ。
 パチパチと、暖炉の火が爆ぜている。ロゼッタの白い頬が、オレンジ色に照らされている。

 

「なんで村人を苦しめる」

 

 ぽつりと、カナンは言った。
 ロゼッタは沈黙した。そのあと、感情を含まない声音で答えた。

 

「人間は愚かだ」
「何だと!」

 

 カナンは思わず立ち上がった。

 

「愚かなのはおまえだろ! 何年も生贄を連れて行きやがって! あいつらをどうしたんだ。どこへやったんだよ!」
「だから、わたしは知らないと言っているだろう」
「ウソをつけ。じゃあこの名前にも、心当たりはないって言うんだな。セトだ。セト・フィーリオ」
「知らない」

 

 あっさりと答えるロゼッタに、カナンの怒りは最高潮に達した。叩きつけるように、言う。

 

「去年おまえの生贄になった、オレの兄貴だ!」

 

 

 

 

 セトは村で評判の、優秀な青年だった。
 容姿端麗、読み書き計算も村一番だった。心やさしく、働き者で、若者グループのリーダーを務めていたほど人望が厚かった。
 カナンにとって、セトは自慢の兄であり、いつも追いかけていた目標でもあった。早くに父親を亡くしたカナンにとって、父のような存在でもあった。
 あの日の朝、セトは言った。

 

(カナン。僕は行くよ)

 

 なんで兄ちゃんが行かなきゃいけないんだよ。
 カナンは怒りを爆発させた。だが、セトは穏やかに笑った。

 

(大丈夫。僕は死なない。いつか必ず戻るから、母さんのことを頼んだよ)

 

 そうして、セトは二度と帰ってこなかった。

 

 

 

 

 ロゼッタは沈黙していた。
 一見無表情だが、唇から色が失せているようだった。カナンは睨みつけたまま、目を離さない。どんな言い訳をしても、これだけは許せない。セトを傷一つないまま、返してもらうまで。
 だがロゼッタは何も言わなかった。わずかに眉を寄せたまま、静かに視線を落としただけだった。

 

 

 

 

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