ネット小説 【未来感カルテット】 ≪17≫エピローグ

表紙
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 今日も、バスの席のとなりには理央がいる。
 他愛もない話をして、一緒に笑う。
 その時間が何よりも楽しくて、待ち遠しくて、安心できることに、花純は気づいている。そして今日も昨日も、母は台所のスミで、父を想って泣いていた。

 

「それでさ、成が体操マットを落として、その上にカバ先生が倒れ込んできてさ。先生の体重に耐えきれずに、マットが破れたんだぜ」
「それ、先生のせいじゃなくてマットがもともと古すぎて傷んでたんでしょー?」
「いやそれにしても先生の重量はハンパない。100キロあるな、あれは」

 

 こんな、何気ない会話が楽しい。それは会話自体の楽しさじゃなくて、理央との間に流れる空気感が、あまりにも居心地がいいから。
 お母さんはこういう感覚を、お父さんとの間に感じたのだろうか。あまりにも幸せだったのに、一方的に失われ、絶望したのだろうか。

 

「あれ、今日雨降るんだったか?」

 

 乗客の傘所有率を見て、理央が不安そうに言う。花純はうなずいた。

 

「雨、90パーだったよ」
「マジか。なんも持ってきてねえ」
「あはは。あたし持ってきてるから帰り一緒に入ってこうよ」

 

理央は驚いたような顔をしたあと、満面の笑顔になった。

 

「花純。今オレがどれだけ嬉しいか、想像つかないだろ」

 

 とくん、と胸が鳴る。
 理央がまいてくれた種があると、凛は言う。土から出ようと、芽が心を叩いているのだろうか。
 もしかしたらお母さんも、ずっと以前、お父さんから種をもらったのかもしれない。うまく育てられずに、枯れてしまった花を見て、今でも悲しんでいるのかもしれない。
 いつか他の種を、あの人の心に誰かが植えてくれるのだろうか。それとも、母親自身が自分で種を見つけ出して、植えられるだろうか。それまで自分は、母をあきらめずに、待てるだろうか。

 

「バス停ついたぞ」

 

 鈍く身震いしてバスが止まる。日差しは暖かくて、雨が降るなんて想像つかないくらいだ。花純は窓越しに空を見上げて、その眩しさに目を細める。

 

「行こう、花純」

 

 差し出された、大きな掌。
 自分のそれを乗せると、きゅっと包んでくれる。自分の心まで、包まれた気分になる。
 ーー幸せだなぁ。
 ふんわりと、そう思った。

 

「幸せだな」

 

 ステップを降りて、空を見上げながら、理央が同じことを言った。思わず理央を見上げると、とろけるような優しい笑みがそこにあった。

 

「好きだよ、花純」

 

 少しも隠そうとしない、まっすぐな理央の瞳。
 そこから目を離せない。

 

 花が咲く。
 何色の花だろう。どんな形なのか、香りなのか、手触りなのか。
 それが、知りたかった。

 

「理央、聞いて。あたしね」

 

 次に紡ぐ言葉を、花純はできるだけまっすぐに、伝えようと思った。
 大切な種をくれた、理央のように。

 

 

fin

 

 

 

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