ネット小説 【未来感カルテット】 ≪3≫花純(3)

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 6月3日。
 日付を、花純は丁寧に学級日誌に書きつける。真新しい日誌はやわらかい。
 転入して、1か月が経った。

 

「綺麗な字だな」

 

 感心したように理央は言う。花純が「ありがと」と返すと、また赤くなって目線を落とした。理央は前の席に逆向きで座っている。
 理央はすぐ赤くなる。赤面症なのだろうか。

 

「こうやって喋るの、久しぶりだね」

 

 今日の日直当番は、花純と理央だった。こういう機会がなかったら、もっと喋らなかったかもしれない。

 

「二条くんはいつも忙しそう。ホームルーム終わるとすぐ教室出てくけど、部活でもやってるの?」
「いや、やってないよ。家の仕事の手伝いが忙しくて何にもできないんだ」

 

 理央は肩をすくめる。

 

「まあ特にやりたい部活動があるわけじゃないからいいんだけどさ」
「凛から聞いたよ。お兄さん、社長さんなるんでしょ」
「ああ、まあ、そうだよ。でも社長は蓮兄のことじゃなくて、一番上の兄貴な。木崎はまだ会ったことないだろ」
「うん。蓮先輩も忙しいの?」
「忙しそうだけど、蓮兄は器用だから、生徒会と掛け持ちでやってる。オレはとてもダメだよ」

 

 花純は「今日のまとめ」を書き終えて、日誌を閉じた。雨が降りそうで寒かったです、と書いた。

 

「でもすごいな。会社の手伝いっていうけど、それって社員ってことだよね。わたしバイトもしたことないから想像つかない」
「社員っていうか、雑用だよ。オフィスがあるわけじゃないし、パソコンがあればたいてい足りる仕事なんだ」
「そうなのかなぁ。すごいと思うけど」
「すごいすごいって、簡単に言うなよ」

 

 理央は苦笑する。

 

「無意味な事やってんなって思う。オレは将来は別の会社に就職したいよ」
「そうなんだ。あたしは就職なんて、まだまだ想像つかないな。自立は早くしたいんだけどね」

 

 花純は窓の外を見上げた。灰色に塗り込められた空から、雨粒が落ちてきた。

 

 

 

 

「ごめんな、傘」

 

 校門をくぐりつつ、理央は謝った。頭上には水玉模様がある。

 

「朝は晴れてたもんね。いつもわたし、折り畳み傘持ち歩いてるから」
「オレ、朝小雨でも帰りは晴れるだろと軽く思って持ってこなくて後悔するタイプ」
「ふふ。あ、肩濡れてるよ。もっとこっち寄って」

 

 折り畳み傘だから、小さいのだ。理央の腕を引っ張ると、彼はまた赤くなった。
 しばらく無言で歩く。花純は理央の横顔を見つめた。凛の言っていた通り、整った顔立ちをしている。今まで気づかなかった。

 

(お兄さんはキラキラしてたなぁ)

 

 花純はぼんやりと思う。

 

 ――忙しそうだけど、蓮兄は器用だから。
 オレはとてもダメだよ。

 

 理央の言葉を思い出した。キラキラな兄を持つと、やはり辛いものなのかもしれない。
 あの凜が、二条蓮にベタぼれのようだし。

 

「バス停、ここ?」

 

 ぼーっと歩いてたら到着していた。花純が頷くと、理央は「オレも」と言った。花純より3つ先のバス停で降りるようだ。
 滑り込んできたバスに、並んで座る。雨のバスは少し混んでいる。かばんと傘がうまく納まらなくてモタモタしていると、理央が傘を持ってくれた。

 

「木崎ってさ、カレシいるの?」

 

 ぽつりと、理央が言った。一瞬花純はきょとんとしたが、すぐに首を振る。

 

「いないよー。できたことないもん」
「そっか。そうなんだ。良かっ……あ、いや、なんでもない」
「二条くんは? 意外に凛のことが好きだったりして」
「ないない! あいつは兄弟みたいなもんで、そういう風に思ったことない」

 

 次の停留所に停まった。理央が腰を浮かせたので、花純は聞いた。

 

「家まで傘なしで平気?」
「見た目通りタフなんだ」

 

 理央は笑う。じゃあね、と花純が手を振ると、少しまぶしそうな表情をして、手を振り返した。
 理央がステップを降りていく。細長い車体が、のっそりと走り出す。雨粒の窓越しに、理央がこちらを見つめていた。

 

 

 

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