ネット小説 【未来感カルテット】 ≪8≫理央(2)

表紙
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 放課後である。
 第一図書室は、カビ臭くて薄暗かった。けれどセピア色のような懐かしさがあった。

 

「あれ? 二条?」

 

 先に来ていた成が、目を丸くした。理央はよう、と手を上げる。と同時に、向こうは自分のことを知っていたのかと気まずくなった。
 普段忙しくしているとはいえ、やはりクラスメイトの顔と名前くらい一致させておくのが普通なのだろう。
 朝、教室につくとすでに日野成はいた。席について、何かを一生懸命紙に書いていた。
 だからなのか、真面目そうなヤツ、というのが第一印象だった。

 

「今日は何を作るの? きりん?」
「しーっ。人に言うなって言ってるだろ」

 

 二人で何やらコソコソしている。

 

「いいじゃない別に。二条くんはこういうの笑わないよ」
「花純の言うことはいまいち信用できねえんだよなー。いつも適当だから」

 

 花純。
 日野成も下の名前で呼ぶのか。

 

「そういえば二条くん、成のこと知らなかったんだって。存在感薄いんだよ、もっとばんばん話しかけていかないと」

 

 花純の言葉に、理央は焦った。

 

「ごめん。オレ日野のことだけじゃなくて、他の奴らも顔と名前がなかなか一致しなくてさ」
「そっか。全然気にしなくていいぜ」

 

 なぜか日野成は、安堵しているようだ。花純が、年季の入った机にプリントを広げた。

 

「自己紹介も終わったことだし、宿題片付けちゃおうよ。成、英語教えて」
「またかよ」

 

 成はうんざりとしながらも、英語のプリントを引っ張り出している。理央も慌ててカバンを探った。

 

「関係代名詞が良くわからないの。二条くんは得意?」
「得意ってほどでもないけど、苦手じゃないよ」
「うーんやっぱ二条くんも頭いいよね。成と一緒。この人、こう見えて頭いいんだ」
「こう見えては余計だ」

 

 こつん、とシャープペンの後ろで成が花純を小突いた。ドキリとした。
 花純は、カレシはいないと言っていたけれど、もしかしてほぼ付き合っているような状態なのでは……。
 理央の沈黙に、成は勘違いをしたのか、言い訳するように口を開いた。

 

「いや、オレはさ、2年ダブってるんだよ。だから一応、勉強は他のやつらより進んでるだけだ。地頭(じあたま)は二条のがイイと思うぞ」
「ダブってるのか? ん、なんかそういう噂聞いたような気がする」
「あー、やっぱり噂になってるよなぁ」

 

 成は苦笑する。理央はしまったと思ったがもう遅い。

 

「ごめん。オレもちょっとかじっただけだから。変な噂じゃないと思うぞ」
「いや、気にするなよ。オレも隠してるわけじゃないからさ。逆に二条みたいに言ってくれた方が気が楽だ。ありがとな」

 

 日野成は、屈託なく笑った。
 ――結構イイヤツかもしれない。
 2歳年上だからなのか、同い年の連中にはない落ち着きが感じ取れる。

 

「成、ここ教えて」

 

 花純は成の隣に座っている。2人の距離が近い。成の正面でプリントを解きつつ、理央はだんだん沈んできた。2人をなるべく見ないように黙々と解いていったら、あっという間に終わってしまった。

 

「もう終わったの? すごいね二条くん」

 

 花純が感心したように言うので、理央の胸は高鳴る。高くなったり低くなったり、我ながら差が激しい。

 

「ああ。でも問5が難しくて、ちょっと苦戦したよ」
「今あたし問5! 全然わからなくって。どうやって解いたの?」
「ちょっと見せてみて。えーっと……、見にくいから隣に来いよ」

 

 口から心臓が出そうだ。すると花純は「わかった」とあっさりこちらに移動してきた。
 白くて細い手が、隣の椅子を引く。ふわりと甘い香りがした。もう理央は、心臓がどうにかなりそうだった。

 

「二条くんどうしたの? 固まってない?」
「いっいや、そんなことない」
「花純、おまえ教えてもらうのに態度デカいだろーが」

 

 成が呆れた声を出した。――「花純」。反射的に、理央は声を出していた。まっすぐに、花純のことを見ていた。

 

「オレも花純って呼んでいいか」

 

 花純は驚いたように目を丸くした。永遠とも呼べる3秒ののち、実にあっさりと、花純は笑った。

 

「うん、いいよ。じゃあ二条くんは理央ね」

 

 天にも昇る心地とはこういうことを言うのだろうか――。
 外面は何とか取り繕っていたが、内心はとろけている理央である。

 

「じゃあ成もだよ。せっかく仲良くなったんだし」
「お、おう。えっと、理央だな。ヨロシク」

 

 日野成はなぜか野郎(理央)相手に顔を赤くしている。そっちのケでもあるのだろうか。
 だが今の理央にはそんなこと関係なかった。

 

「じゃあ早速だけど理央、問5教えて」

 

 木崎花純は、もしかしたら天使かもしれない。
 そんなバカなことを思う男子高校生につける薬は、今のところなかった。

 

 

 この日から理央は、仕事が忙しくない限りなるべく図書室に顔を出すようになった。
 古びた本に囲まれた空間は心地よく、花純はいつも可愛くて、理央にとっては何よりも楽しい時間となった。

 

 

 

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