ネット小説 【未来感カルテット】 ≪14≫理央(8)

表紙
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「オレが行く! おまえらは先生を呼んできてくれ」
「待って理央――」

 

 凛の制止を振り切って、理央は岩や樹のねを足掛かりに、滑るように崖を降りた。花純は10メートルほど下の、大岩がせり出した部分で横たわっている。気を失っているようだ。

 

「おい、もうちょっとスピード落とせ! おまえが落ちるぞ」

 

 成の声が聞こえるが、頭まで入らない。ぐったりと横たわる花純の姿が、網膜を焼いて理央の全身を支配していた。

 

「花純――」

 

 ザ、と大岩の上に滑り降りて、理央は花純の上体を抱き上げる。

 

「花純、大丈夫か、花純!」
「……理央」

 

 長い睫毛が震えて、うっすらと花純が目を開けた。その瞳に自分の姿が映っている。理央は安堵の息をついた。

 

「どこか痛いとこないか? ケガは?」
「うーん、ちょっと右の足が痛い」
「……だいぶ赤くなってるな」

 

 右の足首だ。どこかで酷く打ち付けたのだろう。こうして見ている間に、腫れが酷くなってきた。

 

「これじゃ崖を登るのは無理だな……」
「どうしよう。ごめんね理央。こんなとこまで来てもらっちゃって」
「そんなことはいいよ。痛いよな。大丈夫か?」
「うん、痛いけど、我慢できるよ」

 

 花純はいつも通りに笑う。なめらかな頬が、土と擦り傷で汚れていた。
 理央はやりきれなくなって、崖の上を見上げる。成と凛が助けを呼びに行ってくれているはずだが、まだ姿は見えない。
 思わず大きな声を上げてしまったが、イノシシは襲ってこなかっただろうか。ここからでは状況が分からない。パニックの声が聞こえないので、大丈夫だとは思うが――。

 

「ねえ、そういえばさ」

 

 のんびりとした声で花純が言った。こんな状況なのに、いつもと変わらずマイペースだ。それに救われる思いで、理央は彼女に視線を移す。

 

「凛って蓮センパイにラブラブだよね。昔からあんな感じなの?」

 

 花純の話題選びのセンスに、思わず笑ってしまう。

 

「ここでその話かよ」
「ダメ? 気になるもん。成のことだってあるし」
「あー。まあ、凛は小さいころから蓮兄のこと崇拝してるな。それが恋愛感情かはちょっと分からないけど」
「うーん、確かに最強に憧れてる! って感じだもんね。もしかしたら恋愛じゃないかもね。凛は片思いしてるって言ってるけど」
「だから成にもチャンスはあるぞ。ただ凜はとんでもなくニブいから、もっと自己アピールしなくちゃいけないけどな」

 

 なんとなく自分にも言い聞かせるように理央は語る。花純と凛は仲が良いだけあって、どことなく似ているのだ。

 

「それにしても成はよくガマンできるよな。凛ってオレらの前だと蓮兄の話ばっかりするだろ。オレだったら強制的に話題変えるとか、ちょっと感じ悪いかもしれないけど無理やりそうするぞ」
「あははー、そうだね、成は何も言わないね」
「花純も乗っかって蓮兄の話してただろ」
「うん、でも大丈夫だよ。成はその辺オトナだから」

 

 花純があっけらかんと言う。理央は思わず口をつぐんだ。

 

「さすが2歳年上なだけのことはあるよね。あ、おばあちゃんと住んでるからあんな感じに穏やかなのかな。考えてみれば蓮センパイと同い年だよね。2年も上だとあんなふうに落ち着くものかな」
「……。ああ」

 

 理央はかろうじて頷いた。胸の辺りが詰まる。

 

(すっげーカッコ悪い、オレ)

 

 嫉妬している。
 何でもかんでも、花純の意識がいくものに。蓮に、成に。
 自分が『敵わない』と思っているものに。
 それじゃあ自分は、『何』になら敵うのか?

 

「……オレはガキだな」
「あたしもガキだよー」

 

 花純は何でもないことのように笑う。

 

「みーんなガキだよ。だってオヤに養ってもらってるもん」
「そういう基準かよ」

 

 理央が苦笑すると、花純はうなずいた。

 

「そーだよ。一番目に見えて分かりやすいでしょ」
「経済的に自立してても、精神的にガキなヤツはいくらでもいるだろ」
「精神的にガキかどうかなんて、その人と10年以上くらい親友として深ーく付き合わなくちゃ分からないことじゃない?」

 

 理央は言葉に詰まった。

 

「人間の中身なんて、いろんな角度とか分野があるわけだからさ。勉強でも、数学得意だけど古文が苦手で、でも現代文はそこそこできて化学は普通、日本史は好きだけど点数は低い、なんて人もいるでしょ。しかも、得意不得意のレベルはその人のなかの基準であって、あたしから見たら『その点数で古文苦手って言っちゃう?!』とか思うかもしれないでしょ。点数評価できる勉強分野ですらこんなにややこしいんだよ」
「――性格とか、内面なんてのは余計ややこしいってことか?」
「うん、そう。だからその人が精神的にガキかどうかなんて、そう簡単には分からないよ」

 

 花純は崖に背をもたせながら言う。

 

「だから、まずは自立! 一番わかりやすいもん。感情とか内面とか、そういうややこしいのは苦手。でもこれこそ、あたし自身のものさしってだけで、理央や凜が『いやそれは違う!』って思っても全然間違いじゃないと思うんだー」

 

 そっか、と理央はつぶやく。
 花純には最初から今まで、負けっぱなしだ。

 

「あっごめんね、あたしばっかりベラベラ喋っちゃって。理央にはついつい語りすぎちゃうな。恥ずかしー。喋りやすいんだよね。何でだろ」

 

 その理由が、良い理由だといいと思う。でもきっと違うだろう。
 案の定、花純は無邪気に言った。

 

「理央が『いいヤツ』だからかな。こういうこと言うの恥ずかしいけど、大事な『トモダチ』だから」

 

 見事なダブルパンチだ。 
 理央は内心うなだれた。そして、拳を握りしめた。
 風が吹く。木々が揺れた。静かだ。自分たち以外、誰もいない。
 今なら、言えるかもしれない。
 理央は花純の足首に目を落とす。赤く腫れている。

 

「……痛そうだな」
「うん、ちょっとだけね。でも大丈夫だよ」
「花純」

 

 ――本当は。
 ずっと、毎日のようにシミュレーションしていた。花純に告げたらどんな反応が返ってくるかと。そしてその時自分は、どういう思いになるのかを。
 もっと、緊張するかと思っていた。心臓が、冗談のように大きく早く、鼓動するのだと。
 でもリアルはこんなにも、静かだ。

 

「好きだよ」

 

 綺麗な花純の瞳を見つめながら、言った。
 心は凪いでいた。
 花純のふわふわした髪が、風に揺れて、その瞳はゆっくりと見開かれていった。
 彼女の、純粋な驚きが、切ない。そして同じくらい、好きだと思う。

 

「オレは花純が好きだ」

 

 昔から、こういう土壇場では、逆に冷静になる自分を自覚していた。
 普段ならできないようなことを、理央は、ごく自然にした。指を伸ばして、花純のやわらかな髪を優しく、撫でた。
 そして、聞いた。

 

「花純は?」

 

 

 

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