ネット小説 【リィンの空】 第1章(1)

ネット小説【リィンの空】 第1章【2】

 

 リィンはかじかんだ手のひらに息を吐く。氷のような指先はすでに感覚を失っている。石畳の道の、隅の方に座り込んでいた。いくつもの足が目の前を通り過ぎてゆく。
 今日も空は低く、重かった。
 灰色の雲を、時計台が突き刺していた。

 

「こんにちは」

 

 雪とともに、声が降ってきた。リィンはゆるゆると目を上げる。16,7歳くらいの少年がそこにいた。リィンよりほんの少し年上だろうか。
 まれにこういう『優しい』人間がいて、食べ物を分け与えてくれる。空っぽの胃がヒリヒリと声を上げる。それに応えるべく、リィンは精一杯、少年に微笑みを返した。空気の冷たさに、頬が引きつる。

 

「こんにちは。わたし、リィン」
「綺麗な名前だね」

 

 リィンは曖昧にうなずいた。彼の言葉に興味はない。とにかく食べ物が欲しくて、彼のポケットや鞄ばかり見ていた。しかし期待に反して、彼が差し出したのは空っぽの手のひらだった。

 

「リィン。君を迎えに来たよ」

 

 後から考えてみると、リィンはこの時、なにを言われたのかしっかりと理解していなかった。リィンが彼の手に自分のそれを重ねたのは、とても暖かそうだったから、それだけだ。

 

「そこに馬車を待たせてあるんだ。ああ、馬車は初めてかい? 大丈夫。怖くないよ」

 

 このままついていけば、ごはんを食べられるだろうか。少年に導かれるままに、リィンはのろのろと立ち上がる。でも、もし彼が『優しい』人ではなく、怖い人だったら――。人買いに攫われて、そのまま戻ってこなかった孤児を、リィンは何人も知っている。だから初めて、彼の顔をきちんと見た。
 少年の瞳は、深い湖面のような紺青(こんじょう)だった。顔立ちは整っていて、品がある。見るからに上質なコートが、ただの庶民ではないことを物語っていた。

 

「自己紹介が遅れたね。僕の名前はアレン。君に会えるのを、とても楽しみにしていたよ」

 

 そして微笑みは、静謐な優しさを含んで、リィンを見つめていた。

 

 

 

 

ネット小説【リィンの空】 第1章【2】

 

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