ネット小説 【リィンの空】 第1章(3)

第1章【2】 ネット小説【リィンの空】 第1章【4】

 

 夜、二人で食事を取っていたら呼び鈴が鳴った。

 

「僕が出るよ」

 

 来客があっても、アレンはめったにリィンを出させない。リビングからアレンの姿が消えると、一人分の食器の音しか響かない。

 

「――、――」

 

 玄関から、言葉は聞き取れないけれど、声は聞こえる。若い女性の声だった。しばらくすると、アレンが戻ってきた。

 

「ごめんリィン、今から出かけてくる」

 

 すでにアレンはコートを羽織っていた。リィンは驚いた。まだ夕食の途中なのだ。

 

「僕の分はそのまま置いておいて。自分の分は片付けておくんだよ」
「どこ、行くの?」
「リィンには教えられない」

 

 アレンは微笑みながら、何でもないことのように言う。だからリィンは、なにも聞けない。

 

「じゃあ行ってくる。先に寝てていいからね」

 

 アレンはその夜、戻らなかった。

 

 

 

 

 アレンの家で寝起きするようになってから、1か月が経った。
 その間アレンにはつねに、来客があった。
 若い女性もいれば、壮年の男性もいた。ただ、子どもが尋ねて来ることはなく、大体みんなリィンよりも年上だった。
 玄関で話している時もあれば、応接間へ通す時もあった。客と一緒に、アレンも出かけていく時もあった。
 相変わらず、アレンはなにも教えてくれない。

 

「ごめんリィン。出てもらってもいい?」

 

 今夜も呼び鈴が鳴った。アレンがキッチンで卵を割っている時だった。テーブルを拭く手を止めて、リィンは玄関へ向かった。
 そういえば、アレンの客を見るのは初めてだ。リィンは扉を開けた。

 

「聞ーてくれよアレン、お貴族様たちの優美優雅で愚鈍極まりない立ち居振る舞いを! オレは見てるだけで感激して今にも涙がただれオチちそうだ――って、あれ? キミ、だれ?」

 

 背の高い、若い男性が目を丸くした。肩までの髪をひとつにくくっている。よく日に焼けていて、金の髪が映えていた。
 リィンは答えた。

 

「わたし、 リィン」
「リィン? ここはアレンの家でしょ?」
「うん。入って」

 

 リィンは扉を大きく開けて、促した。そういえば、客の名前を聞かなければ。

 

「あなた、だれ?」
「オレはエメルト。リィンはアレンの恋人?」

 

 リィンは首をかしげた。

 

「ちがうよ。アレンの飼い猫」
「へーえ、いい趣味だ」

 

 エメルトは肩をすくめて笑んだ。

 

「応接室、こっち」
「ありがと、リィン。お礼にいいこと教えてあげるよ」

 

 リィンは応接室の扉を開けながら、エメルトを見上げた。エメルトは笑っていた。アレンの大人びた微笑みとは少し違う。甘さが溶けた、優しい笑みだった。

 

「アレンは、猫を飼わないよ。動物はぜんぶ、苦手なんだ」

 

 

 

 

 応接間で、エメルトにいろいろ質問された。好きな色、食べ物、好きな時間。不思議と、リィンの出身や境遇を聞かれたりしなかった。だから、安心して答えることができた。

 

「リィンは無口なタイプ?」
「うん、そうかも」
「じゃあアレンと話は続かないでしょ」
「夜ごはんのときは、アレンがしゃべるよ」
「へーえ、アレンがね」
「今日は何してたんだとか、お昼ごはんは何を食べたんだとか」
「あっはっは、それじゃあ父親じゃないか」
「でもアレンは、自分のこと話さないよ」
「まあ、あいつはそういうふうだからね。なんていうかね、あいつちょっとおかしいんだだよ。だってまだ17でしょ? なのに『あんなこと』してるなんて、」
「メル」

 

 静かな声が割り込んだ。それまで嬉しそうに話していたエメルトの顔が、青くなる。

 

「や、やあアレン。会いたかったよ。ひさしぶり」
「僕も会いたかったよ」

 

 にこりとアレンは微笑んだ。いつもどおりの微笑みに、リィンには見えた。

 

「でもおかしいな。今日はカトリナが来るはずだったんだけれど」
「来られなくなったんだ。だから、オレに連絡が来たんだよ」
「そう。すごく残念だな」
「……『すごく』を強調されると、傷つくんだけど」

 

 アレンはリィンへ視線を移した。

 

「リィン。自己紹介はした?」
「うん」
「そう。本が買ってあるんだ。リィンの部屋に置いてあるから、読んでおいで」

 

 リィンは頷いた。ここから出て行く事を、アレンが望んでいることがわかった。

 

 

 

 

「いいなぁ、可愛い女の子と朝から夜中まで一緒で」
「欲しかったらあげるよ」
「え、ほんとに?」
「嘘に決まってるだろう。本題は?」

 

 アレンはあっさり軽口を切り上げる。エメルトは軽く肩をすくめた。

 

「アレンの予想通り、パースがやられた。行方不明だ。相変わらずの洞察力、恐れ入るよ」
「分かった。パースのことは僕が引き受ける。エメルトには別のことを頼みたいんだけど、いいかな」
「いいよ、何?」

 

 アレンは静かに、笑みを浮かべた。

 

「もうひとつ、蒔いておいた種があるんだ」

 

 

 

 

 リィンはベッドに寝転がりながら、絵本をひらく。簡単な文字で書かれた物語だ。孤児院にいたころは絵ばかり見ていたが、アレンから教えてもらってからは、少し読めるようになった。
 色とりどりの花。白いお城に住む、お姫さまと、王子さま。

 

(アレンは、猫を飼わないよ)

 

 ふいに、エメルトの言葉が思い出された。
 それならば、アレンはどういうつもりでリィンを拾ったのだろう。
 その時、扉がノックされた。アレンだ。

 

「リィン。お待たせ」
「ごはん?」
「うん。メルはもう帰らせたから、大丈夫だよ」
「あの人、帰ったんだ」

 

 リィンが聞き返したので、アレンは苦笑を浮かべた。

 

「残念だった?」
「アレン以外の人とお話をしたのは、久しぶりだったから」

 

 これは嘘だ。昼間こっそり、ディーンたちに会いに行っている。なぜか、会いたくなるのだ。
 アレンはそうだね、と微笑んだ。

 

「じゃあ今度お客さんが来た時は、夕食に誘おう」
「メル?」
「あいつは却下」

 

 即答だった。アレンはエメルトが嫌いなのかもしれない。

 

「下へ降りよう。今日はリィンが買ってきてくれたパンがある。――ああ、そうだ。リィンに聞きたいことがあったんだ」
「なに?」

 

 ベッドから降りつつ、尋ねる。アレンはいつもどおりの笑みを浮かべていた。

 

「裏街のパースって、知ってる?」

 

 

 

 

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