ネット小説 【リィンの空】 第1章(5)

第1章【4】 ネット小説【リィンの空】 第2章【1】

 

 次の日の夜、しっかりと戸締りをして、リィンは部屋にいた。ベッドで絵本を広げながら、寝転がっていた。
 アレンがいない夜は、久し振りだ。
 同じ部屋で寝ているわけではない。だから一人の部屋で眠ることは変わらない。けれど、胸の空洞に、冷たい風が吹くのを感じる。
 こんなはずでは、なかった。
 今までは、冷たすぎる雪にさらされて眠っていた。つらかったけれど、それなりに平気だったのだ。

 

(弱くなった)

 

 一人でいた時の方が、さみしくなかった。

 

「……?」

 

 リィンはふと、顔を上げた。玄関から物音がしたのだ。
 アレンが帰ってきたのだろうか。けれど、今日は泊まりのはずだ。
 再び、乱暴な音が響いた。ノックというよりは、殴りつけているようだ。
 そろそろと部屋から出て、1階の居間から、玄関をそっとのぞいた。ノブがガチャガチャと回っている。鍵が掛かっているので、当然開かない。
 リィンは部屋の明かりをつけようか迷った。泥棒だったら、窓から明かりが見えれば人がいると思うから逃げていくだろう。

 

「どうしようかな……」

 

 小さくつぶやく。思わず声を出してしまったのは、恐怖感をごまかすためだ。
 リィンはネグリジェのすそをぎゅっと握った。

 

「リィン?」

 

 聞きなれた声に、リィンはパッと顔を上げた。玄関の外から聞こえる。

 

「リィン、僕だよ。パーティが中止になったんだ。開けてくれないか?」
「……アレン?」

 

 リィンはおそるおそる居間から出る。扉には触れず、正面に立った。

 

「酔っ払い同士が乱闘騒ぎを起こしたんだ。僕も巻き添えを食って、鍵を落としちゃって。すまないけれど、開けてくれないか? 寒くて凍えそうだよ」
「大丈夫?」

 

 リィンはほっとした。いや、乱闘に巻き込まれたアレンは大変だし怪我をしていないか心配だが、帰ってきてくれたことが嬉しかった。
 リィンは鍵を開け、ためらいなく扉を開けた。

 

「おかえりなさい、アレ――」

 

 瞬間、凄まじい力で首元をつかまれた。
 息が止まり、視界が真っ黒になった。

 

「軟(やわ)いな」

 

 低く、暗い笑みを含んだ声が這う。

 

「ここまでたやすいとは」
「……っ」

 

 視界がだんだん回復した。目の前にいるのは長身の男だった。帽子を深く被っているため、影になって口元しか見えない。
 アレンじゃない。リィンはもがいたが、無駄だった。両足が床からはなれ、首を腕一本で吊られた。

 

「黄緑の眼球か。……なるほど、珍しい」
「く……っ、け、けほっ」

 

 リィンは両足をばたつかせたり、男の腕を引っ掻いたりするが、びくともしない。視界が歪み、暗闇へ落ちようとする。その端で、鋭く光るものが見えた。男が懐から取り出したのだ。

 

「生きたまま、というのは性に合わない。私がまともで良かったな」

 

 薄いダガーが頬をなぞる。冷たい感覚に、リィンは身震いした。

 

(玄関で物音がしても、僕じゃないから扉を開けちゃだめだよ)

 

 アレンの言葉が蘇る。けれど、アレンの声がしたのだ。だからつい、開けてしまった――

 

「……!」

 

 リィンは渾身の力を振り絞り、片足を蹴り上げた。男の腕に激突し、ダガーがふっとぶ。不幸にも、それが男の右目に突き刺さった。

 

「ぎゃああああッ!」

 

 男は叫び、悶絶した。片目を押さえ、床を転げ回っている。リィンは解放された。尻餅をついたが、めまいをこらえて必死で立ち上がる。もつれる足で、玄関の外へ駆け出した。
 助かった――、そう思った瞬間、突然足首をつかまれてリィンは倒れこんだ。体をひねって、後ろを見る。男が床を這ったまま、凄まじいの形相でリィンをにらみつけた。片目のナイフは抜かれていたが、血が大量に流れていた。

 

「ガキがあッ!」

 

 がっちりとつかまれた足首が、ミシリと音を立てた。リィンは悲鳴を上げる。このままでは砕かれる。もう片方の足で男の顔を何度も蹴りつけた。だが男はびくともしない。目から抜いたダガーを逆手に持ち、リィンの足首を容赦切りつけた。

 

「――っ!」

 

 激痛。思わず舌を噛みそうになり、すんでの所で耐えた。リィンは必死で床を掻く。逃げなければ。この男から、逃げなければ。あまりにも強く掻いたから、爪が剥がれて血が流れた。もうすでに、足首が痛いのか爪が痛いのか、首が苦しいのか分からない。
 その時だ。

 

「目を閉じて」

 

 ふいに、扉の方から声が届いた。この場に不釣合いに、やわらかく。
 けれどリィンはすぐに理解した。言われたとおり、目を閉じた。
 ふわりと、リィンの横を風が通り過ぎる。それから「ギャッ」と短く、男の声がした。すると足首をつかんでいた力がゆるみ、解放されたリィンは尻餅をついたまま後ずさった。
 その背中を受け止められて、片手で目隠しをされる。

 

「ごめん」

 

 ぽつりと、アレンが呟いた。
 アレンの手の向こう側には、どのような光景があるのだろう。

 

「今夜は家を出よう。……知り合いの家へ行く」

 

 リィンはかろうじて、うなずいた。
 指先が冷えきって、感覚がまるでなかった。

 

 

 

 

第1章【4】 ネット小説【リィンの空】 第2章【1】

 

 

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