ネット小説 【リィンの空】 第2章(1)

第1章【5】 ネット小説【リィンの空】 第2章【2】

 

 その家は、メインストリートと裏街の境目にあった。
 1階建ての三角屋根。木造で、小さいが温かみのある家だった。
 リィンの足首には浅い刺し傷があった。馬車の中でアレンが応急処置をしてくれたが、痛みはまだ残っている。
 馬車の中では、ほとんど会話がなかった。あの泥棒のことについても、まったく聞かれなかった。気遣ってくれているのかとも思うが、相変わらずアレンの心は読めない。目が合うと、いつものように微笑み返してくれるだけだ。

 

「アレン? どうしたの、一体」

 

 三角屋根から出てきたのは、金髪の少女だった。アレンと同じくらいの歳だ。唇が赤くて、華やかな雰囲気がある。

 

「ごめんカトリナ。一晩だけ、この子を泊めてやってくれないかな。怪我をしているから、手当てしてやってほしい」
「泊めるって……それは別にかまわないけど」

 

 戸惑いながら、少女はアレンとリィンを見比べる。片足が痛いので、リィンはアレンに支えてもらっていた。

 

「でも、どうして? エメルトはどうしたの」
「今から会ってくる。明日の朝、この子を迎えに来るよ」
「……そう。そういうことなら、仕方ないのかな」

 

 少女は吹っ切るように、息をついた。リィンに目を向けて、片手を差し出す。

 

「こんばんは、リィン。あたしはカトリナ・コリー。歓迎するわ。よろしくね」
「……こんばんは」

 

 リィンは戸惑いつつも、カトリナの手を取った。
 彼女の手は、アレンと違って華奢で柔らかかった。

 

 

 

 

 ガン! と激しく鳴り響いた。
 夜の裏街だ。街灯もなく、静まり返っている上に道が細い。物音はいやでも響く。
 ましてやそれが、体格のいい男が倒れこむ音ともなれば、なおさらだ。

 

「畜、生……っ」

 

 エメルトはうめきつつ、なんとか上体を起こした。
 殴られた右頬を押さえつつ、前を見る。肩で息をしていた。唇の端が切れて、血が流れている。
 アレンは無感情に、彼を見下ろしていた。

 

「言い訳は聞かないと、最初に言ったじゃないか」
「だから……!」

 

 アレンの唇から落ちる冷徹な言葉。エメルトは無造作に血を拭い、アレンを見上げた。

 

「悪かったって、言ってンだろ……!」
「今度失敗したら、『制裁』を下さざるをえないよ、メル」
「わ……わかってる。大丈夫、次はちゃんと」
「本当に、わかってる?」

 

 アレンは唇の口端を吊り上げた。体温のない、非人間的なつめたさに、心臓が抉られるようだ。エメルトはかろうじて、声を出した。

 

「あ、ああ。分かってる。今日は本当にすまなかった。せめて、その男の身柄はオレが引き受けるよ。ちゃんと吐かせるから」
「無理だよ」
「それくらいはやらせてくれ。計画通りにいかなかったんだ。でないとオレの気がすまない」
「男は死んだ。だから、無理だよ」

 

 一瞬、空白が落ちた。愕然と、エメルトが目を見開く。

 

「……殺した……?!」
「今から『ボス』に報告してくる。もう帰っていいよ。あとは僕が引き受ける」
「なんでおまえ、そんなミス……! ボスに殺されるぞ!」

 

 アレンは笑った。17歳の少年とは思えない、大人びた微笑みで。

 

「それはそれで、仕方ないよ」

 

 

 

 

「リィンは怪我人だから、ベッドを貸してあげる。なんと、毛布はひとり5枚もあるのよ。あたし、寒がりなの。すごいでしょ」
「うん、すごい」

 

 リィンは頷いた。ひとり5枚ということは、ぜんぶで10枚だ。カトリナはいつも、ひとりで10枚の毛布を使っているのだろうか。

 

「あったかいけど、ちょっと重くて苦しいのが欠点かな」

 

 カトリナがベッドを整えながら言う。その下には、カトリナ用の布団が敷いてあった。

 

「はい、できた! 今日は疲れたでしょ? ゆっくり寝てね」

 

 言葉にされると、急に体が鉛のように感じた。リィンは片足を引きずりながら、ベッドに入る。足首には新しい包帯が巻かれていた。カトリナが手当てしてくれたのだ。
 リィンはきちんと、5枚の毛布と1枚の掛け布団をかぶる。カトリナも布団に入った。

 

「アレンの家は、過ごしやすかった?」

 

 枕に片頬を預けながら、リィンは頷いた。

 

「うん。暖かいし、ごはんが食べられるよ」
「あはは、それは当然よ。アレンはちゃんと、生活面の面倒は見れる男だもの。そうじゃなくて、アレンとの生活はうまくいってるのかってこと。コミュニケーションよ」

 

 さらさらした金髪の少女は、快活な喋り方をする。

 

「アレンとは……ふつうだよ」
「普通って? アレンって、無口でしょ。二人きりだと息がつまったりしない?」
「カトリナは、エメルトと同じことを聞く」

 

 リィンは少し笑ってしまった。このふたりにとって、アレンは無口で気難しい存在のようだ。
 カトリナは肩をすくめた。

 

「アレンを知ってる人はみんなそう言うよ。でも普通ってことは、ある程度はうまくやってるんだ。意外。アレンっていろいろ容赦ないでしょ。あの雰囲気に、最初はみんな騙されるんだけど」
「うん。なんとなく、それ、分かる」

 

 アレンは優しいけれど、優しくない。厳しい、という表現がぴったりだった。

 

「でも息がつまるっていうことは、ないよ。ふつうに話すし、ふつうに暮らしてる。字も、教えてもらったよ」
「字? ……ああそう、字ね」

 

 カトリナは曖昧な表情をした。カトリナのような少女にとっては、字が読めないことが、考えられないかもしれない。彼女は毛布を10枚も買えるのだ。
 そういえば彼女は、なぜ自分がアレンと一緒に住んでいることを知っているのだろう。アレンが話したのだろうか。
 アレンはリィンのことを、どんなふうに語っていたのだろう。

 

「リィンとアレンって、どれくらい仲がいいの?」

 

 カトリナの問いに、リィンは一瞬沈黙せざるをえなかった。
 仲がいい、という表現はとても曖昧で、どう答えていいかリィンには分からない。

 

「と、ごめん。変な質問だった? じゃあ簡単に聞くと、リィンはアレンのこと、好き?」
「……」

 

 もっと難しくなった気がする。けれど、自分の気持ちを素直に見つめると、ストンと言葉が落ちてきた。

 

「うん。すき」
「そっか」

 

 カトリナは微笑んだ。その微笑みが少し翳っているように見えたのは、気のせいだろうか。
 けれど、胸に落ちてきた言葉がとても暖かかったから、リィンはただ、嬉しかった。
 カトリナが明かりを消した。枕もとのランプだけが小さく光る。5枚重ねた毛布の下で、カトリナが優しく言った。

 

「おやすみ、リィン。良い夢を」

 

 

 

 

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