ネット小説 【リィンの空】 第2章(2)

第2章【1】 ネット小説【リィンの空】 第2章【3】

 

 次の日、アレンが迎えに来た。朝食に、はちみつパンを食べていた頃だった。

 

「おはようリィン、カトリナ。昨日はよく眠れたかい?」
「おはよう、アレン。おかげさまでぐっすりだったわ。ね、リィン?」
「うん」

 

それは良かった、とアレンは微笑む。表情に翳りが見えて、リィンは心配になった。アレンはとても疲れているようだ。

 

「一晩泊めてくれてありがとう、カトリナ。助かったよ。今、朝食中?」
「ええ。アレンも食べてくよね。今用意するからちょっと待ってて」
「ありがとう。じゃあ飲み物だけ頂くよ」
「だめ。ちゃんと食べないと。アレン、顔色ひどいわよ」

 

 キッチンへ消えたカトリナに、アレンは軽く肩をすくめる。それから椅子に腰をおろして、長いため息をついた。

 

「アレン、疲れた?」
「ん? ……いや、大丈夫だよ。寝不足なだけ。リィンこそ、傷は大丈夫?」
「動かすと痛いけど、今は平気。さっきカトリナがガーゼ変えてくれた」
「昼にもう一度変えてあげるよ」

 

 アレンは微笑む。と、唐突に昨夜のことが思い出されて、リィンはとっさに目をそらした。

 

(――目を閉じて)

 

 深く、優しい声だった。その声を思い出すだけでなぜか、胸の真ん中がきゅっと傷む。男に怪我を負わされた恐怖よりも、アレンの印象が強く残っている。不思議だ。

 

「どうしたの、リィン」

 

 突然アレンに覗きlこまれて、リィンの心臓が跳ねた。頬が赤くなっていくのが、自分でもわかる。

 

「どうも、しないよ。あのね、えっと……」

 

 リィンは必死で話の糸口を探す。そういえば、昨夜。

 

「あの男の人、どうなった? 泥棒?」
「ああ、彼ね。彼は治安官に引き渡したよ。リィンの言うとおり、泥棒だった」
「昨日の夜、官庁に行ってたから、アレンはいなかったの?」
「うん。ごめん。危険な目に合わせて。夜は物騒だから、リィンを置いて出かけるべきじゃなかった。でもリィン。僕はちゃんと、ドアをノックされても僕じゃないから開けないようにって言っておいたよね。それなのに、どうして開けたの?」

 

 微笑みはそのままだが、アレンが少し怒っていることが分かった。リィンは慌てて、

 

「えっと、あの男の人、アレンと声が同じだったの。パーティが中止になったって言ってたから、アレンだと思って。ごめんなさい」
「……僕の声?」

 

 アレンの表情から微笑みが消えた。さらに怒らせてしまったのだろうか。リィンが内心怯えていると、アレンは小さくつぶやいた。

 

「なるほど。そういうことか」
「あの、アレン。ごめんなさい。もう、言いつけ破ったりしないから……」
「ん? ああ、ごめん。いいよリィン。声色を使い分けることのできる泥棒なら、ドアを開けてしまうのは仕方ない。今度ドアに覗き窓をつけることにするよ」

 

 アレンの雰囲気がやわらかくなった。怒ったわけではなかったのだ。リィンはほっと息をつく。
 それから、覗き窓を作るという言葉に驚いた。それは明らかに、『リィンの今後』のためを思ってしてくれるということだ。アレンは一体いつまで、リィンと一緒にいてくれるつもりなのだろう。

 

(これから、ずっと?)

 

 ――ありえない。
 リィンはすぐに思い直す。ずっと続く暖かさなんて見たことがない。冷たいの空は、飽きることなく繰り返されるけれど。
 カトリナが戻ってきた。トレイにはパンとティーセットが乗っている。

 

「はい、アレン。しっかり食べて、しっかり寝るのよ。目の下、クマできてるわ」
「ありがとう、カトリナ。昨夜はさすがにキツかったよ。弱音を吐きたいくらいだ」
「いつでも言ってくれて構わないわよ」
「君に愛想つかされそうで怖いんだよ」
「馬鹿」

 

 カトリナは笑った。

 

「怖いなんて思ってないの、みえみえよ」

 

 

 

 

 家の扉を閉めたあと、アレンはため息をついた。

 

「やれやれ。カトリナは苦手だ」
「わたし、好き」
「それはなにより。リィンは眠くないだろう? 僕は今から少し仮眠を取るけど、家から出たらいけないよ」
「うん」

 

 リィンは頷く。自然と、顔がほころんでしまう。アレンが近くにいて、嬉しい。
 リィンの表情を見て、アレンも微笑んだ。

 

「ご機嫌だね、リィン」
「うん」
「でもやっぱり顔色は良くないよ。横になっていた方がいい。その足じゃ階段は上れないから、1階の僕の部屋を貸してあげるよ」

 

 もう少しアレンと話していたかったけれど、わがままを言ってはいけない。リィンは頷いた。

 

「アレンはどうするの?」
「僕も自分の部屋で寝るよ」
「一緒にいるの? 嬉しい」

 

 思ったことが、零れたけだった。素直な気持ちを、ただ、言っただけだった。
 だからアレンの表情を見た時、凍りついたのだ。

 

「リィンは僕の、何になったつもりなの」

 

 アレンは微笑んでいた。けれどいつもの微笑みじゃなかった。
 暗く、光が沈むような。

 

「『珍しい娘』がいたから、拾っただけなんだよ。勘違いさせてたらごめん。リィンはただの置き物だから、好意を持たれても困るな」

 

 リィンは身動きできなかった。
 アレンのことが好きだと、昨日、カトリナに話したばかりだった。
 あたたかさを感じたばかりだった。

 

「どうしたの、そんな顔して」

 

 アレンはいつものように、穏やかに笑った。

 

「置き物はいつも笑っていてくれないと、価値がないよ」

 

 

 

 

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