ネット小説 【リィンの空】 第2章(3)

第2章【2】 ネット小説【リィンの空】 第2章【4】

 

 アレンの部屋はシンプルだった。リィンの部屋には花や絵があるのに対して、生活感のない印象を受けた。
 片足を引きずって中に入ると、背後でアレンが扉を閉めた。

 

「僕はまだ少し仕事が残っているから、リィンは寝てていいよ」

 

 リィンはぎこちなく頷く。胸の辺りが痛くて、うまく体が動かない。

 

「ああ、そうだ。その前に、ガーゼを変えておこう。ベッドに座ってて」

 

 アレンは棚から救急箱を取り出す。リィンはのろのろとベッドに腰掛けた。リィンの部屋のものよりも、少しだけ固かった。

 

「カトリナ、ガチガチに縛ってるな」

 

 リィンの前に片膝をつき、包帯を取る。アレンの髪を、リィンはぼうっと見下ろしていた。さらさらした、優しい茶色。

 

「まだ皮が張ってないな。消毒するから痛いかもしれないけど、我慢して」
「……っ」
「動かないで」

 

 鋭い痛みに思わず跳ねた足首を、アレンはやんわりと抑えた。ガーゼで包み、丁寧に包帯を巻いていく。
 アレンの手が、あたたかい。
 出会った時からずっと。
 変わっていないのだ。……アレンは。

 

(わかっていた、はずだったのに)

 

 置き物、とは、つまり。
 仔猫にすらなれない、ということだ。
 いてもいなくても、同じだということだ。

 

「寝る時にリラックスできるように、少しゆるくしばっておくよ」
「……うん」

 

 ありがとう、と。
 伝えようとしたのに、言葉よりも先に零れたのは、涙だった。
 小さな雫が包帯を濡らす。一粒、二粒。音もなく。

 

「……。終わったよ。さあ、横になって」

 

 アレンは何事もないように、立ち上がる。いつもどおりの微笑みを浮かべて、ゆっくりと、リィンを横たわらせた。あたたかい羽毛ふとんが掛けられる。

 

「ゆっくりおやすみ」

 

 リィンは目を閉じた。冷たい世界を、封じ込めるように。
 そしてそのまま眠りに落ちた。これ以上なにかを感じることがないように、深く。

 

 

 

 

 リィンが眠ったことを確認すると、アレンはベッドから離れた。棚から書類を取り出して、ソファに腰掛ける。しばらくそれを眺めたり、書き込んだりしてから、アレンは無造作にテーブルへ放り投げた。短く息をつく。ため息に、自嘲が含まれるのは否めない。
 立ち上がった。ベッドのかたわらへ足を運び、静かに見下ろす。
 リィンは体を丸めるようにして眠っている。長い睫毛が、白い頬に影を落としていた。

 

(仔猫遊び、か)

 

 以前、エメルトに言われた言葉を思い出す。
 リィンは寝返りさえうたず、深く眠り続けている。
 ベッドに腰掛ける。リィンは目覚めない。アレンは彼女の寝顔を見つめていた。
 あの冬の日、リィンの頬はよごれて、瞳は暗かった。けれど今、まぶたは白く、頬は薔薇色だ。そしてそれはすべて、アレンが与えたものだった。
 リィンの呼吸を感じる。アレンはきつく、眉を寄せた。そのまま立ち上がり、頭痛のする頭を押さえて、ソファへ体を沈めた。
 両目を閉ざす。眠るには、日の光が明るすぎる。けれど今は、眠らなければならなかった。
 なにも考えられないように、深く。

 

 

*

 

 

 エメルトがカトリナの家を訪れた時、まだ朝の10時だった。
 カトリナは部屋の掃除をしていたが、エメルトの有様があまりにも酷いので、中断せざるをえなかった。

 

「まったく、リィンといいエメルトといい、なんでこんな酷い怪我をしちゃうわけ?」
「えっ、リィン、ここに来たの? ――ててっ、もうちょっと優しくしてくれよカトリナ」
「うん、昨日の夜中に、アレンと一緒にね。エメルト、これ、アレンにやられたんでしょ? 馬鹿ね」
「アレン、怒ってた?」
「相当」
「いたたっ、か、カトリナー」

 

 エメルトが情けない声をだす。カトリナは息をついた。

 

「それにしても今回は、アレンも相当馬鹿だと思うの」
「はあ……。なんでもいいけど、リィンが可哀相だよ」
「そんな言葉で片付けられないわ」

 

 エメルトの頬にガーゼをあてながら、カトリナは言う。

 

「目的のために他人を利用するは、この世界で日常茶飯事よ。でも、自分に好意を寄せてくれている人を利用するのは、一番やっちゃいけないことだわ。ましてやあの子みたいな……」
「化石みたいに純粋な子?」

 

 茶化すようにエメルトが言うので、カトリナはガーゼを止めるテープを、パチンと強く叩いて止めた。エメルトが叫び声を上げる。

 

「とにかく、アレンはどうしようもなく馬鹿ってことよ」

 

 

 

 

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