ネット小説 【リィンの空】 第2章(4)

第2章【3】 ネット小説【リィンの空】 第2章【5】

 

 リィンとアレンはその後、いつもどおりに日々を過ごした。
 いつもどおりの日々。朝起きて、アレンを見送って、出迎えて、眠る。そんな日々が2週間続いた。
 アレンがいつもどおりだったから、リィンもそうした。怪我はすっかり治り、その日リィンは久々に、買い物へ出かけた。

 

「久しぶりだな。リィン」

 

 市場で声を掛けてきたのはディーンだった。今日は他の子どもはいない。ひとりのようだ。

 

「久しぶり、ディーン」
「最近ぜんぜん見かけなかったからどうしたかと思った。ちゃんと食べてるのか」
「うん、平気」
「そうか。食料の情報はつかんでるか」
「……うん。大丈夫」

 

 語尾が濁ってしまった。アレンに拾われた直後は、孤児の集まりに参加しなければ不安だった。けれど今、参加しなくても平気になっている。アレンに飼われることに、慣れてしまったからか。

 

『リィンはただの置き物だから、好意を持たれても困るな』

 

 リィンは思わず、眉を寄せる。最初から置き物だったのか。それとも、置き物になったのか。『なった』のならば、危険だ。『嫌われた』という感傷に浸れるうちはまだいい。捨てられれば、明日の食べ物にも事欠くのだ。
 最初から置き物だったのであれば……それでも、食べ物をくれていたのだ。今までどおりの生活が続く可能性が高い。

 

「でも、そろそろお金なくなってきたから、また情報わけてもらってもいい?」
「それはいいが……おまえ、なにしてそんなに稼いだんだ? 何週間か、いなかっただろ」
「えーと……住み込みの、家政婦」
「おまえが? できるのかよ、掃除洗濯なんて」
「うん、できる」

 

 リィンは頷く。ディーンは釈然としない顔で、それでも「なるほどな」と納得してくれた。

 

「まあ、そんな仕事に出逢えてラッキーだったてことだな。ところでリィン。以前言っていた、パース・サーチェスの話。あれ、少し分かった事があるんだが」
「ほんと?」

 

 リィンは目を丸くした。だいぶ前の話だったので、ディーンはもう忘れてしまっているのではないかと思っていた。
 ディーンは「ここは人が多すぎる」と、リィンの腕を引っ張って路地裏に移動した。

 

「この辺でいいな。……いろいろ調べてみたんだが、ちょっと妙なんだ」
「妙って?」
「身元がさっぱりわからない」
「そんなの、ぜんぜん妙じゃない」

 

 この街は大きい。海を越えた移住者も少なくないのだ。だから身元が分からない人がいても、そこまでおかしくない。
 するとディーンは腕をくみつつ、息をついた。

 

「最後まで聞け。身元が不明っていうわけじゃない。『どちらなのかわからない』ということだ。パースを孤児だという奴らと、まあ眉ツバだが――、貴族だと主張する奴らがいる」
「貴族さま? なんで?」

 

 貴族など、雲の上の存在だ。同じ街に住んでいても、同じ空気を吸っていない。

 

「パースが最初に目撃されたのは4か月前だ。奴はジェントリみたいな格好で、貴族の屋敷から出てきたらしい。その2、3時間後、小汚いスラム住人の姿で裏街に現れ、そのまま住みついたんだ」
「じゃあ、貴族さまのお屋敷を追い出されたってこと?」

 

 なんとなく自分と重なって、リィンは不安になった。

 

「さあな。なんとも言えん。初めに目撃した奴の見間違いかもありうるからな。もし真実だとしても、わざわざスーツから汚い服に着替える理由がない」
「本人はなんて言ってたの?」
「この前リィンに話したとおりだ。『遠い島からやってきた』。真相は本人がいない以上、分からない」
「行方不明なんだよね」
「死体もないしな。森で寝泊りしてたから、野犬に食われたっていう奴もいるが、どうかな。……ただ、それよりも気になることがあるんだ」
「なに?」

 

リィンは首を傾げた。野犬に人食い説以上のショッキングな話題は、思い当たらない。
 ディーンは声を落として、言った。

 

「オレは奴が、『誰かに消された』と思ってる。パースは男のくせに、綺麗な指をしていたらしい。さらにその指は、片手で7本あったんだ」
「なな……? 5本じゃなくて?」
「まれにいるんだよ。1本くらい多くはえて生まれてくるんだ。別に病気じゃない。つむじが2つ3つあるのと同じだ。オレにとってはな。けど、パースはさっきも言ったように、綺麗な指をしていた。さらにラッキーナンバーの7本てことで、珍しいから、『奇跡だ』と周囲に吹聴していたらしい。しかも本人が、だ」
「自慢だったんだ」

 

 人に誇れるものがあるなんて、リィンには考えられないことだ。自分には痩せた小さい体しかない。

 

「ここからはオレの勝手な想像だが、パースは恐らく、『やりすぎた』んだ。やりすぎて、消された」
「自慢しすぎて、妬まれた?」
「ガキじゃないんだぞ」

 

 ディーンは苦笑した。だがすぐに、厳しい目に変わる。

 

「恐らくパースは目をつけられたんだ。コレクターから」
「……?」

 

 聞き慣れない言葉に、リィンは首を傾げた。ディーンは今度、呆れたように息をついた。

 

「おまえ何年スラム住人やってるんだ? いつまでも血生臭い話は我感せずで来やがって」
「だって、あんまり関係ない」
「そうでもない。コレクターってのは、人体収集家だ。部位別、もしくは丸ごと、珍しい人間を採取して、部屋に飾って心ゆくまで愛でる変態連中だ」
「きもちわるい」

 

 リィンは眉を寄せた。そういえば、そのような話を聞いた事があるかもしれない。

 

「ああ。だがなリィン、おまえも他人事じゃない」

 

 ディーンがリィンのあごを軽くつかんで、上向かせた。

 

「おまえのこの目。薄い黄緑は珍しい。今まで注目されなかったのは、おまえがあまり人と口をきかなかったからだ。他人が嫌いだろう? なるべく関わろうとしないから、おまえの顔を見る機会は少ない。大勢で情報交換をしている時でも、うつむいて話を聞いていることが多い。だからあまり人の口に上らない」
「……目」

 

 リィンはゆっくりと、目を見開く。
 同じせりふを、別の場所で、誰かに言われた。あれは確か――

 

(黄緑の眼球か。……なるほど、珍しい)

 

 あの、夜。
 その時リィンの中で、カチリと歯車が合う音がした。
 けれど、頭の中でまだ、明確な答えが出ない。なんなのだろう、この胸のつかえは。

 

「おまえ、住みこみで働いてるって言ったな。まさか貴族じゃないだろうな」

 

 リィンは首を振る。アレンは多少裕福かもしれないが、一般の民だ。
 だが、ディーンの目は厳しいままだった。

 

「気を抜くな。何週間も働いているならもう大丈夫だと思うが、手なずけた後に売り飛ばすということもある。自分の身は自分で守れ。注意を怠るな。だがもし身にあまるようなら、オレのところへ来い。ガキの一人かくまうくらい、なんとでもなる」
「……うん」

 

 リィンは頷いた。
 まさか、そんなことあるはずない。
 だってアレンは、『目の泥棒』からリィンを助けてくれたのだから。

 

 

 

 

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