ネット小説 【リィンの空】 お年賀企画2015

リィンの空 | クリスマス企画2013 掌編 ネット小説【リィンの空】

 

 つめたい冬は、朝がつらい。
 でも新聞をとりにいくのは、リィンの役目だ。ポストは外にある。憂鬱である。
 でも今日は、1月1日だから、年賀状がとどいている。
 それを思い出して、リィンは飛び起きた。

 

 

 

 

 アレンに拾われる前まで、年賀状なんてまるで縁がなかった。だからおととしの冬、初めて年賀状を目にした時にはとてもびっくりしたものだ。
 アレンあての年賀状は、とにかく数が多かった。四角く切り取られた厚紙が、ひもで20センチくらいに束ねられ、ポストに放りこまれていた。

 

「ほとんどが仕事関係だよ」

 

 目を丸くするリィンに、アレンは苦笑した。

 

「来年はリィンあてにも届くよ、きっと」

 

 でも、次の年にリィンあてのものはこなかった。
 ディーンとカトリナや、エメルトが、アレンの横にリィンの名前を書いていたくらいだ。
 今年はあるだろうか。
 リィンはドキドキしながらポストを覗いた。

 

 

 

 

「おはようリィン。今日も寒いね」

 

 ダイニングにはアレンがいた。パンの乗ったバスケットをテーブルに置いている。
 暖炉に火がともっているけれど、まだそんなにあたたかくなっていない。

 

「おはようアレン。年賀状たくさんきてたよ」

 

 ひもがほどかれた厚紙たちを、テーブルに置いた。
 複雑な表情でそれを見下ろす。

 

「わたしのは、1枚もなかったけど……」

 

 リィンはしょげた。
 笑みをふくんだ声で、アレンは言う。

 

「それは残念だったね。でも、まだわからないよ。年賀状は明日もとどくんだ」
「そっか」

 

 そういえば、そうだった。
 リィンはとたんに明るい顔になった。
 アレンは優しく笑う。

 

「言い忘れてた。あけましておめでとう、リィン」

 

 アレンが近づいて、そう言った。綺麗な瞳に、リィンが映っている。嬉しくて、リィンも笑った。

 

「あけましておめでとう、アレン。今年もよろしくね」
「うん。今年もよろしく」

 

 この、約束ともいえない定型的な会話が、リィンにとってどれだけ嬉しいか、アレンは知っているのだろうか。
 アレンならきっと、わかっているだろう。
 だからこそ、リィンはよけいに嬉しくなる。

 

 

 

 

 またしても朝一番に、リィンはポストを覗いた。
 半分くらいになっていたが、ひもでくくられた束が置いてある。

 

 さっそく中を検分すると、1枚だけ、『リィン様』と書かれた葉書が見つかり、リィンは飛び上がった。

 

「アレン! きてたよ、わたしの分!」

 

 ダイニングにかけこんで報告する。アレンはあたたかいスープを運んでいるところだった。

 

「そう、よかったね。誰からだったの?」

 

 アレンは微笑んで聞いた。そういえば、差出人を確認していなかった。
 でも、おかしい。葉書のどこを見ても、差出人の名前がない。
 差出人どころか、ここの住所も書かれていなかった。ただ『リィン様』とだけある。

 

「直接ポストに入れたんだろうな」

 

 アレンが葉書をのぞきつつ言う。

 

「裏面にはなんて書いてあるの?」
「えーと、『親愛なるリィン様。今年もずっと、あなただけを見つめています。あなたを愛する者より』だって」
「…………………へえ」

 

 リィンは首をかしげる。

 

「うーん、誰かな。字を書ける知り合いなんていたかな。ディーンと、カトリナと、メルくらいなんだけどなぁ。この三人からはもう来てるよね」
「うん。ディーンはカトリナと連名だけどね」
「だれだろ。ディーンなら知ってるかな。今日、これ持って事務所いってみるね」
「リィン」

 

 アレンはスッと、リィンの手から葉書をぬきとった。

 

「ちょうどそっち方面で仕事があるから、僕が聞いてきてあげるよ。リィンには今日、市場で買い物を頼んでもいいかな」
「うん、わかった」

 

 リィンは素直にうなずいた。
 アレンに任せれば安心だ。

 

 

 

 

 家の掃除をしていたら、遅くなってしまった。
 リィンは慌てて市場へ向かった。もう3時だ。お買い得品や新鮮なものはもう売れているかもしれない。
 1時間後、リィンは市場を出た。とぼとぼと下を向いて歩く。やはりほとんど売れていて、アレンに頼まれた半分も買えなかった。両腕に抱えた紙袋が軽くて、むなしい。

 

「おいリィン」

 

 ふいに、背後から呼びとめられた。ディーンの声だ。

 

「ディーン。あけましておめでとうございます」
「ああ、おめでとう。――って、そんなことよりリィン。おまえまた厄介ごと抱えてるだろ。勘弁しろよな」

 

 ディーンは大きなため息をつく。リィンにはまったく心あたりがない。

 

「とにかくこっち来いよ。おごってやるから」

 

 ディーンはリィンをひっぱって、オープンスペースのカフェに入った。最近仕事が上り調子のようで、たまにチョコレートケーキと紅茶のセットをご馳走してくれる。
 嬉しいけれど、寒空の下のオープンカフェはつらい。リィンはゆるんだマフラーを結びなおした。すぐ隣のテーブルにはお姉さんの集団がいて、「ほんと寒いねぇ、そんなことより5番街のネリー・コンラッドの話なんだけど」とお喋りに花を咲かせている。

 

「変な男からラブレターもらったんだって?」

 

 ディーンの直球に、リィンは目を白黒させた。

 

「え? え? なんのこと?」
「ま、おまえはそうだよな。そんな感じだよな。アレンも大変だけど、あいつから八つ当たりされるオレが一番大変なんだよな」
「アレンが八つ当たりするの? アレンはそんなことしないよ」
「…………。まあ、あいつのことはいい。とにかく、そのラブレターだ」

 

 ディーンの前にホットコーヒーが置かれた。香ばしいにおいが立ちのぼる。湯気は冷たい風に攫われて、真横へ飛んで消えた。

 

「あの筆跡を見たけど、実は心あたりがある」
「えっほんとに?」

 

 リィンは身を乗り出した。

 

「だれだれ?」
「おまえ最近、服の仕立て屋に行っただろ」
「うん、行った。ブライス洋服店」
「やっぱりな」

 

 リィンの前に、チョコレートケーキと紅茶が置かれた。嬉々としてフォークをにぎる。

 

「その時おまえの接客に出たのが跡取りのジャスティン・ブライスだ。」
「うーん、そうだったかな。採寸してくれた女の人なら覚えてる」

 

 チョコレートコーティングが舌の上でほどけ、やわらかなスポンジの香りが口中に広がる。リィンは今の瞬間、年賀状のことはどうでもよくなっている。

 

「ジャスティンもなんでこんな女に一目惚れしちまうんかな。――とにかくだ。オレからの忠告はただひとつ、もうおまえは金輪際ブライス洋服店には近づくな」
「どうして? 来月、作ってもらった服を受けとりに行くのに」
「オレが取ってきてやる。だからもう行くな」
「どうして?」

 

 リィンは紅茶をふくむ。甘ったるい口の中を、アールグレイの香りがまろやかに流れた。

 

「ブライス洋品店に行ったとき、アレンもいたのか?」
「うん、いたよ」
「ちっ。ジャスティンにはオレから伝えておく。だからおまえはもうこの年賀状のことは忘れろ」
「でも、お返事渡したい」
「あきらめろ」

 

 リィンは目で不満をうったえる。ディーンは肩をすくめた。

 

「自分の名前を書かずに投函したんだ。あっちも返事なんて期待してないさ」
「じゃあなんのために出したの」
「それはおまえ、あふれでる感情をおさえきれなかったんだろ。大人しい跡継ぎぼっちゃんの、最大限さ」
「よくわかんない」
「おーおー、そうであってくれ。そっちのが平和だ」

 

 リィンは首をかしげる。

 

「アレンはなんて言ってた?」
「あの葉書がジャスティンからのだなんて教えるワケねぇだろ! オレは友人を守る主義なんだ。んなことアレンに喋ったら、裏に手を回して、この街から店を移転せざるを得ない状況に追いこむくらいはするかもしれねえ」
「そんなことしないよ。ディーンはさっきからぜんぜん意味がわからない」

 

 リィンは憤慨した。今のは完全にアレンの悪口だ。
 ディーンは肩をすくめる。

 

「知らぬが花、とはこのことだな」
「ああ、まったくもって同感だよディーン」

 

 ディーンが凍りついた。ピキっと音が聞こえてきそうだった。
 リィンは笑顔になる。

 

「アレン! どうしたの、もう仕事終わったの?」
「ああ、今日は打ち合わせだけだったから早く終わったんだ。ちょうど通りかかったら2人が見えたから。ディーン、もう仕事はいいのか? さっき訪ねていったときは今日はまるっと1日超多忙だと言ってたけど」
「見てアレン。ディーンがごちそうしてくれたの」
「そう、良かったね」

 

 アレンは微笑む。それなのにディーンはニコリともしない。それどころかまだ凍っている。リィンはさすがに心配になってきた。

 

「ディーン、寒いの? あったかいコーヒー、もう1杯頼む?」
「……いや、いい……」
「ほんとに寒いな。僕もコーヒー飲もうかな」

 

 アレンはディーンの隣に腰かけて、ホットコーヒーを注文した。
 そしてあらためてディーンに向き直った。

 

「それで、ジャスティン・ブライスがなんだって?」

 

 

 

 

 次にジャスティンから手紙を受け取ったのは、6月だった。
 あれからブライス洋服店で仕立ててもらう機会がなかったのだが、一応顧客なので、届けてくれたらしい。今回は住所もきちんと記載されている。

 

「アレン見て、ブライス洋品店の人が結婚するんだって」
「へえ、そうなんだ」

 

 ベーコンの乗ったお皿を並べながら、アレンは微笑む。

 

「手紙に、『妻を紹介してくださりありがとうございました。とても幸せです』って書いてあるよ。アレン、仲人さんになったの?」
「うん。ちょうどジャスティンにぴったりの女性が知り合いにいたから、紹介したんだ。最初はジャスティンの方が乗り気じゃなかったみたいだけど、だんだん意気投合したみたいだね。うまくまとまって良かったよ」
「そうなんだ。すごい、アレン。どんな女の人だったの?」
「帽子屋の次女でね、ちょっとぼーっとしてるけど、可愛らしい娘さんだよ。気の優しいジャスティンにぴったりだ」
「ふーん。結婚かあ」

 

 リィンが手紙を見つめつつ、つぶやく。

 

「どうしたの。結婚したくなった?」
「うーん、わかんない」

 

 リィンは手紙をテーブルに置いた。

 

「でも、アレンとずっと一緒にいたいな」
「ふふ」

 

 アレンは微笑んだ。ちょっと深い笑みだった。

 

「リィンは可愛いな」

 

 リィンは頬を赤くした。
 それと反対に、6月の空はあざやかに青い。
 今日も良い1日になりそうだと、リィンは思った。

 

 

 

 

 

リィンの空 | クリスマス企画2013 掌編 ネット小説【リィンの空】

 

 

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