ネット小説 【リィンの空】 後日談(1)-2

後日談【1】-1 ネット小説【リィンの空】 後日談【1】-3

 

 次の日、リィンは寝坊をしてしまった。
 アレンはもう仕事へ出掛けたらしく、いなかった。こういう事は今までも珍しくない。自己責任が基本のアレンは、リィンに対してひどく淡白なところがある。
 リィンは慌てて支度して、家を飛び出した。リック・エルマンの訪問時間はもう過ぎている。 弾む息を整えながら扉を開けると、部屋はがらんとして、誰もいなかった。
 テーブルに置き手紙があった。

 

『リィンへ。おはよう。緊急事態が起こったので、ディーンと出掛けます。留守番よろしくね。カトリナ』

 

 リィンは首を傾げつつ、椅子に腰を下ろした。
 カトリナも、警護の仕事をするのだろうか。ディーンはあんなに嫌がっていたのに。
 その時扉がノックされて、リィンは飛び上がった。慌てて小さな黒板を見上げるが、訪問者の予定はない。
 カトリナ達がわざわざノックするわけがないし、リィンは返事をしようか迷った。

 

「誰か、いらっしゃいませんか。エルマンです」

 

 聞き覚えのある声だ。リィンはほっとして、扉を開けた。

 

「おはようございます」

 

 お客さんには深々とお辞儀をする。昨日カトリナにそう習ったばかりだ。

 

「あ、リィンさん。おはようございます」

 

 リック・エルマンも、お辞儀を返してきた。
 リィンは椅子をすすめて、お茶の用意をした。

 

「リックさんも、寝坊?」

 

 リィンが聞くと、リックは目を丸くしたあと笑みを浮かべた。

 

「いえ。昨日、あれから色々あって予定が変わったんです。リィンさんは寝過ごされたのですか」
「うん。アレンも、出掛けた後だった」
「アレンさんは、ご家族ですか?」
「ちがう」
「では、恋人ですか」
「ちがうよ」

 

 リィンは首を振った。
 以前は猫だと思っていたが、昨日ちがうと言われた。だから説明の仕方が分からない。

 

「アレンはわたしのこと、可愛いって」
「はは、仲がよろしいのですね。でも分かります。リィンさんはとても、可愛らしい」
「どうして?」
「うーん、そうですね、しいて言えば雰囲気でしょうか」

 

 よく分からない。
 リィンは時計を見上げた。

 

「何時の約束?」
「あ、すみません。誤解させてしまったようですが、待ち合わせではないんです。依頼内容をお話ししたら、ちょっと難しいことだったようで、私は同行せず、こちらで待機となったんです」
「難しいこと?」

 

 リィンは首を傾げた。リックもよく分かっていないようで、同じく首をひねる。

 

「私が依頼したのは、とある貿易品の受け渡しの警護です。最近は色々と物騒なので、一緒についてきてほしいと思いまして」
「どういう品物?」
「お恥ずかしながら、わからないんです。一抱えほどの箱に入っておりまして、私はただ仲介しただけですので」
「ふうん」
「ディーンさんたちに心当たりがあったようで、お二人だけで行って下さることになったんです。どうやら危険な事態のようでした。リィンさんもお気をつけください。近日、大量殺人があったばかりですし。どこかのお屋敷で、何人もナイフで虐殺されたそうですよ。まだ年若い少年もいたそうです。子供になんの罪があるのか。酷い話です」

 

 リックは痛ましげに眉を寄せた。
 リィンはまばたきする。心当たりがあった。

 

「でも、わたしはその男の子に、目を取られそうになったよ」
「え?」

 

 リックはきょとんとした。
 リィンは続ける。

 

「すごく、怖かった。でもその子に罪はないの?」
「リィンさん……?」
「助けてもらって、すごく安心した。嬉しかった。それも、いけないことなの?」

 

 徐々に、リックの表情に戸惑いが浮かぶ。遠慮がちに、口を開いた。

 

「つまり……リィンさんは、あの事件の犯人をご存じなんですか?」

 

 その時リィンは、言ってはいけないことを言ってしまったことに気付いた。
 慌てて否定しようとしたら、リックはこわばった表情で席を立った。

 

「治安官に、通報します」

 

 リィンは目を見開いた。
 アレンが、捕まる?

 

「リックあのね、今のはほんとは、全部うそなの」
「いやでも、このことをディーンさんたちはご存じだったのか? まさか全員共犯だなんてことは……」
「聞いてリック」
「触らないでください」

 

 鋭く、右手を打ち払われた。
 心まで、撥ねつけられたようだった。

 

「ディーンさんたちも共犯ですか。まさか、私の貿易品を盗むつもりでは」
「ディーンとカトリナは、そんなことしないよ」
「二人だけで現場へ行くなど、妙だと思ったんだ。早く行って取り戻さなくては……!」

 

 リックは乱暴に立ち上がって、部屋から出ていった。
 リィンは呆然としたが、すぐ我に返り、背中を追い掛けた。

 

 

 

 

 リックは背の高い男性なので、足が速い。リィンは途中何度も見失いそうになりながらも、何とか目的地へ辿り着いた。
 歩き慣れた場所だったから、追いかけることができたのかもしれない。裏街は、以前住んでいた場所だ。立ち並ぶ廃屋のひとつに、リックは入っていく。

 

「待って、リック」

 

 肩で息をしながら、リィンも中へ入った。床がボロボロに崩れ、地面がむき出しになっている。空間は広かった。かろうじて、日の光が天井の隙間から降りている。
 カトリナとディーンが、中央付近に立っていた。リックとリィンを見て、目を見開いた。

 

「ディーンさん、カトリナさん! 商品を返して下さい!」

 

 リックが駆け寄り、二人から箱を引ったくった。ディーンは眉を寄せる。

 

「危険だからここへは来るなと言ったはずだ。なぜ来た?」
「依頼は取り消します。取引は私一人で行う。貴方たちはお帰り下さい」
「依頼を取り消すのは構わないが、それならば顔見知りとして忠告する。それはただの貿易品じゃない。危険な目に遭いたくなければ、それを置いて家へ帰れ」
「そう言って横取りするつもりでしょう。リィンさんから先ほど聞きました。彼女は犯罪者と関わりがある。そしてディーンさんは、ろくに説明もしないまま、取引場所から私を遠ざけた。信用など、できるわけがありません」

 

 ディーンは舌打ちして、リィンに視線を投げた。リィンは崩れた床をやっと走り抜けて、リッりの腕をつかんだ。

 

「待ってリック、ちがうの。ディーンとカトリナは、そんなことしない」
「何が違うと言うんですか。では、どうして取引場所に私を来させなかったのか、正当な理由を仰ってください。納得できるものであれば、信用しましょう」
「ディーンは悪い人じゃないよ。だから大丈夫だよ」
「それは理由になりません」
「でも、ディーンは人のものを盗るような人じゃないよ」
「ああもういい、おまえは黙ってろリィン。話がややこしくなる」

 

 ディーンはため息をついて、リックに向き直った。

 

「確かにちゃんと説明しなかったのはオレの落ち度だ。でもな、本当のことを包み隠さず言えば、あんたの身が危険にさらされる。世の中には知っちゃいけないこともあるんだよ」
「何を、馬鹿な」
「その箱の中身、知らないって言ってたよな」

 

 リックは言葉に詰まった。

 

「……言いましたが、それが何か? 確かに商品名を知らされないのは珍しいですが、商売は情報戦でもある。売り物の内容を知られたくないという商人の心理も、理解できなくはない」
「お坊ちゃんの発言だな。それはヤバいものなんだ。引き渡した瞬間、口封じのために殺される可能性もある。だからオレとカトリナだけで行くと言ったんだ」
「そんな、馬鹿な話あるわけがないでしょう!」

 

 リックが怒鳴りつけた瞬間だった。
 後ろから、かすかに風が吹いた。リィン以外の全員が、息を呑んだ。
 背後からリィンの首に腕が回され、引き寄せられた。声を上げる間もなく、強い力で拘束される。

 

(この、腕)

 

 リィンは目を見開いた。
 同時に、ガチリと、硬いものがこめかみに押し当てられた。

 

「動くな」

 

 短く、耳元で声がする。
 呆然と、カトリナがつぶやいた。

 

「アレン……」
「リック・エルマンと箱を、引き渡せ」

 

 表情のない声で、アレンが告げた。

 

 

 

 

「商売相手がまさかおまえだったとはな」

 

 ディーンは眉を寄せた。

 

「だが取引にもならないぞ、アレン。銃口を誰に向けているか分かっているのか。おまえはリィンを撃てないだろう?」

 

 アレンは無言だ。リィンは不思議に思って、首元を拘束するアレンの腕に触れた。服越しにも、冷たさを感じる。
 銃を突きつけられても、アレンだから、何も怖くなかった。
 その時カトリナが鋭く背後を振り向いた。同時に懐から銃を取り出したが、相手の方が早かった。
 見知らぬ少年が、寸分の狂いなくカトリナの目前へ銃口を向けている。リィンの知らない少年だった。
 リィンと同じくらいの歳だろうか、冷静に、口を開いた。

 

「箱と、リック・エルマンをこちらへ渡して下さい」
「……キミ、新人だね。見たことのない顔」

 

 カトリナの言葉に答えず、ただ冷徹な双眸を向けるだけだ。ディーンは厳しい目でアレンを見据えた。

 

「分かった。箱は渡す。おまえだったら危険なことには使わないだろう。でもエルマンは駄目だ。こいつは何も知らない。おまえの『仕事』へ巻き込むわけにはいかない」

 

 アレンの目が、リックへ向けられた。冷たい響きで、口を開く。

 

「君も、大した役者だね」

 

 瞬間、リックの表情が変わった。怯えるばかりの青年から、陰惨な表情へ。素早く右手が懐に入り、取り出した銃口が、こちらへ向けられた。リィンは思わず目をつむったが、銃声の後も、覚悟した衝撃は来なかった。
 うめき声と、倒れる音を聞いて、恐る恐る目を開ける。真っ赤な水たまりの中に、リックが眼を見開いたまま横たわっていた。
 ピクリとも動かない。

 

「リック……?」
「下調べが甘いよ、ディーン」

 

 アレンが冷静に言う。いつの間にか、銃口はディーンに向けられていた。そこから硝煙が上がっている。
 では、アレンがリックを撃ったのだろうか。心のどこかが麻痺したように、動かない。
 ディーンは舌打ちして、箱を床に置く。

 

「これでいいだろう? 銃を下ろせ」

 

 アレンは動かない。見知らぬ少年が銃を下ろし、箱を持ち上げた。

 

「この二人をどうしますか。エルマンの関係者のようですが」

 

 一呼吸の間があった。ためらいなく、アレンが告げた。

 

「始末しろ」

 

 

 

 

後日談【1】-1 ネット小説【リィンの空】 後日談【1】-3

 

 

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