ネット小説 【リィンの空】 後日談(2)-2

後日談【2】-1 ネット小説【リィンの空】 後日談【2】-3

 

 リィンはハッと顔をあげた。気遣わしげに、カトリナが覗きこんでいる。
 正面から低い声が響いた。

 

「放心している余裕はない。あと一時間で、指定の廃屋に行かなければアレンの命はないと言われているんだ」

 

 青年の、冷徹な声に、カトリナが非難の目を向ける。
 リィンはぎこちなく頷いた。

 

「うん。……わかってる。ちゃんと、やる」

 

 ここは彼――サッド・ルガートの屋敷だ。部屋が何十も入りそうな屋敷である。その割に室内はシンプルで、テーブルとソファがそっけなく置いてあるだけだ。

 

「わたしもついていくから、大丈夫だよ。犯人に気付かれないように隠れてるから。近くにいるからね」

 

 カトリナの言葉に、リィンはこくんと頷く。
 カトリナはアレンの部下だ。リィンをサポートするように、サッドから命じられたらしい。
 それにしても、頭がぼうっとする。遠くの方で汽笛が鳴るように、鈍く痛む。
 アレンは、仕事がらみのいざこざで、誘拐されたという。

 

(アレンの、仕事)

 

 何をしているのかよくわからない、と話したのはつい今朝のことだったか。
 ただ、悪い人を捕まえる、としか。

 

「行こうか、リィン」

 

 カトリナが言う。
 リィンはのろのろと、腰をあげた。

 

 

 

 

 

 

 雪が降っていた。相変わらず街は灰色だ。
 リィンはコートの前をきゅっと合わせる。アレンが買ってくれた、赤色のコート。
 スラム街には、打ち捨てられた廃屋が並んでいる。ゆっくりと雪を踏みしめて、その中のひとつに入った。湿った木材のにおい。
 天井は酷く破れていて、雪が室内にも落ちてくる。
 けれど手足が凍るように冷たいのは、雪ばかりのせいじゃない。

 

「よく来たね。リィン」

 

 雪をキシリと踏みながら、男の声が届いた。
 打てば響くような、場違いなほど、爽やかな声だった。

 

「……こんにちは」

 

 リィンはぽつりと答える。男は満足げに笑った。
 歳はアレンと変わらないくらいだろうか。背が高く、髪は短く、快活そうな目をしている。平民が好む、動きやすそうな薄い上着を羽織っていた。

 

「オレの名前はウィル。孤児だから姓はない。君と同じにね」

 

 男――ウィルの声は明朗に響く。

 

「ストリートチルドレンの生活はつらい。さらに今みたいな冬だと、もっとつらい。着るものも食べるものも、手に入れるのに苦労する。凍死してしまう仲間も珍しくない。そんな中、裕福な人間に拾われた君は、本当に運がいいよ。羨ましくて仕方ない」

 

 リィンはすぅ、と息を吸った。

 

「だから、アレンをさらったの?」
「ははっ。まさか! まさか、まさか」

 

 ウィルはパン、と手を打ち鳴らした。そして、言った。

 

「リィン、君に、個人的な恨みはないんだよ。あるのは、アレンに対する、憎悪と嫌悪と、殺意だけだ」

 

 最後の言葉に、リィンは戦慄した。身体中の毛が逆立った。

 

(殺意)

 

 それは、殺す、ということだ。
 アレンが死ぬということだ。
 体が震えて、リィンは両腕で自分を抱きしめた。
 それはとてつもなく恐ろしいことだ。

 

「おねがい」

 

 震える唇から、言葉が零れ落ちた。

 

「アレンを殺さないで。お願い」
「ふふ」

 

 男は笑う。リィンは言い募った。

 

「おねがい。何でもするから、殺さないで。なんでもする。だからアレンをかえして」
「ふふ。気持ちいいなぁ。あー、気持ちいい」

 

 さっぱりした声音で、ウィルは笑った。足元の小石を拾う。

 

「まさかあんたが、ここまで好かれる人間だなんて! どれだけ猫かぶってるんだ? なあ、アレン!」

 

 後方に向けて、小石を投げた。垂れ下がっていたぼろ布に当たり、パラリと落ちる。その奥に、アレンがいた。
 地面に座り込む形で、後ろ手に柱に拘束されている。意識はあるようだが、朦朧としていた。薬をかがされているのかもしれない。

 

「アレン!」

 

 リィンは駆け寄ろうとしたが、ウィルに手で制された。

 

「それ以上は近づいちゃいけないよ」
「どうして? なんでこんな、ひどいことするの」
「なんでって、そりゃあ」

 

 ウィルは笑った。両目の闇が、深くなる。

 

「アレンが、僕の恋人を、殺したからだよ」

 

 

 

 

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