ネット小説 【リィンの空】 後日談(2)-3

後日談【2】-2 ネット小説【リィンの空】 後日談【2】-4

 

 空白が落ちた。それは、リィンにはどうしようもできない空白だった。
 ウィルは笑っている。見えない涙を流して、泣きながら、笑っている。それだけが分かった。

 

「だからアレンにも、同じ目に遭ってもらうんだ。目の前で、恋人を殺されるんだよ。だからリィン、君にはここで死んでもらうんだ」
「……リィン」

 

 苦しげな声が、奥から響いた。リィンはハッと目を上げた。

 

「アレン! 大丈夫、どこも痛くない?」
「逃げるんだ」

 

 苦痛に眉を寄せながら、アレンは言った。

 

「早く、ここから、逃げるんだ。カトリナか、ディーンのところに行くんだ」
「アレンは? アレンも来るなら、そうする」
「僕は、後から行くよ」

 

 アレンは微笑んだ。傷だらけの頬で、痛々しく。

 

「ふふふ。いいねぇ。感動的だね。そしてコレでオレは完全に、悪役だな」

 

 ウィルが爽やかに言って、懐から取り出したものをリィンの方に投げた。
 カキン、と硬い音で転がる、それは、ひと振りの短剣だった。

 

「一方的ななぶり殺しは可哀相だから、リィンには反撃の権利を与えてあげるよ。それ、結構切れるよ」

 

 手に取ると、ずっしりと重い。目を上げると、ウィルも同じような短剣を手にしていた。
 足先から震えがのぼってくる。

 

「リィン。僕の言うことを、ちゃんと聞けるね」

 

 アレンが深い瞳で言う。

 

「リィンはそんなこと、してはいけない。僕は大丈夫だから、逃げるんだ」

 

 リィンは震えながらかぶりを振って、短剣を握りしめた。ウィルはのどの奥で嗤う。

 

「ははっ。震えながら剣を握る人間は、こういう顔をしてるんだ。今にも自分自身を、切りつけてしまいそうな顔だ。恐怖の極限の顔だ」
「ウィル。聞け」

 

 ぞっとするような、地を這う低音が、アレンの口から流れた。

 

「髪の毛ひとすじでも、リィンを傷つけたら、世界で最も残忍な方法で、僕がお前を殺す」

 

 アレンの、あまりの瞳の暗さに、ウィルは気おされたように押し黙る。それから、あらん限りの憎悪をこめて、叫んだ。

 

「黙れ。薄汚い人殺しが」

 

 リィンに向き直った、その両目は、憎しみに満ちている。リィンは息をつめて、短剣を持ち上げた。
 本当に、殺されるかもしれない。
 リィンは心の遠くの方で、思った。

 

「リィン!」

 

 アレンが声を荒げるのを、初めて聞いたような気がした。
 右頬に冷たい風が走り、火傷のように鋭く痛んだ。血がぬるりと流れて、切られたのだと、気づいた。
 一歩も動けなかった。ウィルはリィンの間近で、笑う。

 

「可愛いね、リィン。怖いんだね」

 

 リィンは後ずさる。ダメだ。何もできない。手に持った短剣が、貼りついたように動かない。

 

「見ていろ、アレン」

 

 高らかに、ウィルは宣告する。

 

「これが、オレの復讐だ」

 

 

 

 

 

 

 リィンは目をぎゅっとつむった。あらゆる苦痛に対して、覚悟をした。だがそれと交錯して空間を切り裂いたのは、一発の銃声だった。次いで、短剣が地面に落ちる、乾いた音が響いた。
 自分の短剣は、手元にある。リィンは恐る恐る目を開ける。
 茫然と、ウィルが、自身の手元を見つめていた。彼の手から血は出ていない。銃弾は、ナイフだけを狙い、弾き飛ばしたのだ。
 リィンは目を見開いた。がきり、と忌々しげな音を立て、アレンが、地面の短剣を踏みにじる。
 すでに縄の戒めは解けている。そして銃口と、燃え上がるような怒りの双眸が、寸分のたがいなく、ウィルに照準を合わせていた。
 アレンの背後には、カトリナがいた。彼女がアレンの縄をほどいたのだ。
 リィンはとっさに、叫んでいた。

 

「アレン、だめ!」

 

 銃声が、咆哮を上げた。

 

 

 

 

 

 

 ―― ウィル

 

 やわらかな、綿毛のような声で、呼ばれる。
 その瞬間が、世の中の理不尽なことのすべてを許せるくらい、幸せだった。

 

 ウィル。大好き。

 

 ふわふわした、やわらかい髪が好きだった。
 気弱な心も、病弱な肢体も、苦痛から逃れようともがく両腕も。
 砂糖菓子のように甘いくちびるがやがてどす黒く、きらめく瞳が沼底のように濁っていっても、そしてそれを止めるすべを一つも持たなくても、ユリアのすべてが愛しかった。

 

 

 

 

後日談【2】-2 ネット小説【リィンの空】 後日談【2】-4

 

 

 このページにしおりを挟む
 トップページへ戻る