ネット小説 【リィンの空】 後日談(2)-4

後日談【2】-3 ネット小説【リィンの空】 後日談【3】-1

 

 結果的にいえば、銃弾はウィルを貫かなかった。天井にめりこんだだけだった。
 カトリナが、肩で息をしながら、アレンの腕をつかみ上げていた。アレンは振りほどいたが、再び銃口を上げようとはしなかった。
 アレンはうつむいていて、リィンから表情が見えない。けれど、尖ったような、濁ったような、『痛い』感じが伝わってくる。

 

「アレン。ルガート様から、ウィルは生きて捕らえるように言われてるの」

 

 カトリナの声に、アレンは返事をしない。
 カトリナは溜め息をつきつつアレンから離れ、茫然自失するウィルを縄でしばった。その時ぽつりと、アレンが言った。

 

「ユリアは自殺だった」

 

 リィンは眉を寄せた。ユリア、という名前に心当たりがなかったからだ。
 だが、愕然と顔を上げたウィルを見て、思い当たった。アレンに殺された、というウィルの恋人の名だ。

 

「僕がマークしていた時にはもう、重度の麻薬中毒だった。多額の借金を抱え、薬を買うために、娼婦になろうとしていた矢先だった。だが麻薬販売者と、金貸しと、娼館経営者はすべて同一団体だ。ユリア・カラムは騙されていることに気づいていなかった。僕がすべてを説明した。そして、死んだ」
「――嘘だ」
「彼女は肺を病んでいたようだった。苦痛から逃れるために、薬に手を出した。自分ではどうにもならなかったんだろう」

 

 アレンは言葉を区切った。ウィルを見ずに、言う。

 

「殺して、と言われた。僕は断った。彼女はそのまま、短剣を自分の胸に突き立てた。その時、君が部屋に入ってきた」
「嘘だ」

 

 ウィルはただ、かぶりを振る。カトリナが無言で、背後からウィルの口をガーゼでふさいだ。すぐに、ウィルの足元がおぼつかなくなる。麻酔薬が染み込んでいるのだろう。おぼろげな声で、ウィルは繰り返す。

 

「……嘘だ、嘘だ、嘘だ」
「君は、彼女の衰弱を、病だけのせいだと思っていた。麻薬をやっているとは考えもしなかった」

 

 ゆっくりと、アレンはウィルを見た。

 

「そして僕は、彼女の死を止められなかった。――ただ、それだけだ」
「嘘だ」

 

 ウィルはうわ言のように、繰り返した。それで、終わりだった。体から力が抜け、長身を、かろうじてカトリナが受け止めた。
 その後ウィルは、カトリナによって無言で連行されていった。彼がこの後どうなるか、リィンは知らない。
 気がつけば、アレンが目の前に立っていた。

 

「リィン。危ない目に遭わせて、ごめん」

 

 リィンはアレンを見た。
 アレンの目は、何も感じていないように、静かだった。いつもと変わらず、湖のような紺青だった。

 

「傷の手当をしないと。早く家に帰ろう」

 

 言葉の最後に、アレンの瞳が、わずかに揺らいだ。それでリィンは、アレンが早く帰りたがっていることに気づく。
 早くここから逃げ出したいのだと、気づく。
 リィンは微笑んだ。

 

「うん。おうちに帰ろう」

 

 

 

 

 

 

 消毒液を染みこませた綿が、傷口に触れる。ひやりとした痛みに、リィンは顔をしかめた。

 

「痛い」
「うん。結構深いからね」

 

 ガーゼを張り付けて、アレンは救急箱を閉じた。

 

「でもこの程度なら、痕(あと)は残らないと思うよ。さあ、今日は疲れただろうから、少し眠って。夜ごはんができたら、起こしてあげるよ」
「アレンは?」
「僕はまだ、仕事があるから」

 

 アレンは微笑む。それは嘘だと、リィンは思った。アレンはきっと、自室で一人、過ごすのだろう。何をするでもなく、ただ、一人で時間をやり過ごすのだろう。
 時間を――、過去を。
 過去の感情を、やり過ごしていくのだ。
 リィンはアレンの腕をつかんだ。

 

「わたし、眠くないよ」

 

 アレンはまばたきする。リィンは言った。

 

「だからもうちょっと起きてる。だから、一緒に夜ごはん作ろうよ」
「一緒に? ……今から?」
「おなかが空いたからたくさん作ろうよ。ねえ、チョコレートケーキも食べたいな。買いに行こうよ。買い物に行こう」
「でも、リィン。ほら」

 

 アレンは困ったように笑って、窓を指差した。

 

「雪が降り始めたよ」

 

 

 

 

 

 

 ルガート邸にて。
 カトリナは所定の手続きを経て、ウィルをルガートの自警団に引き渡した。一連の報告に、サッド・ルガートの自室に訪れている。
 雇い主とはいえ、彼は何となく苦手だ。無口で必要最低限のことしか言わないが、圧倒的な存在感をつねに発している。
 報告を聞き終えて、サッドは深く息をついた。

 

「まあ、そんなところだろうな」
「今回のことで、アレンは大変な肉体的、精神的苦痛を味わったと思います。しばらく休息を与えてはいかがでしょうか?」
「上司思いだな、お前は」

 

 サッドは無表情に言う。

 

「休息については問題ない。腕でいえばアレン・クーリーがトップだが、使いすぎたゆえにガタがきているのは承知している」
「それにしても、なぜリィンの情報がウィルに漏れたのでしょうか? 過去アレンが担当した事件の関係者は、アレンの情報が入らないように囲っているはずですよね」
「私がわざと流した」
「――はあ?」

 

 あまりの言葉に、カトリナはぽかんと口を開けた。

 

「先ほども言ったように、アレンはガタがきている。肉体的には休めば戻るが、精神的なものは『薬』を入れてやらないと回復しないからな」
「トラウマを解消させるために、今回のことを仕組んだってことですか?」

 

 カトリナの口調にトゲが混じる。だがサッドは全く気にしない様子で、

 

「護る者ができたのは厄介な半面、地に足をつける重しにもなる。まともな人間として生きる上で、必要なことだ」
「だからわたしに、『リィンはアレンに護らせろ』って命じたんですね」

 

 ここまでくると、怒りを通り越して呆れてくる。カトリナには、リィンがけがをしないように立ちまわることができたのだ。だがそれを阻害したのは、ルガートの命令だった。
 アレンにとって、リィンはとても良い存在だと思っているのは確かだが、サッドの基準は『仕事に使えるか、使えないか』である。根本的に、考え方が違う。
 だから、カトリナから言えることは一つだ。

 

「ほんっとーーーに、ボスは悪趣味ですね」
「相変わらず口の減らない奴だ」

 

 無表情に言い、サッドは目を窓の外に向ける。この部屋は3階で、眼下にはメインストリートに通じる道路がある。
 外は雪だ。
 サッドは言う。相変わらずの、無表情で。

 

「だが私は、アレンが幸せになることに、異論はない」

 

 カトリナも窓の外を見下ろした。
 そこには、楽しそうに談笑しながら、道を歩くリィンとアレンがいた。

 

 

 

 

 

 

 知らないうちに進んでいた道は、望まない場所へ続く道だったのかもしれない。
 けれどそこに、一輪の花が咲いていたら?
 ただそれだけで、ぬくもりが灯るだろう。
 歩いてきた意味を、知るだろう。

 

 

 

 

後日談【2】-3 ネット小説【リィンの空】 後日談【3】-1

 

 

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