ネット小説 【リィンの空】 クリスマス企画2013 掌編

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 穏やかな休日の昼下がり。冬の空気は相変わらず冷たいが、暖炉の灯った部屋の中はポカポカと暖かい。

 

「料理を教えてほしいの。ものすごく凝ってて、綺麗で、おいしい料理。たとえば、クリスマスのパーティに出てくるような料理を作りたいの。わたしは料理がちょっと苦手なんだけど……でも、頑張りたいの。お願いカトリナ、教えて」

 

 丁度洗濯物を畳んでいたカトリナは、突然の訪問者に目が点になった。
 目の前には、両手を握りしめて気合いっぱいの、可愛らしいお客さんがいた。彼女はリィン。カトリナの元・上司の恋人――と断言していいのか分からないが――である。

 

「それはいいけど。お料理は好きだし。でもリィンって、料理どれくらいできたっけ?」
「それが、お肉を焼いたり、サラダを作ることはできるけど、パンを焼いたり、グラタンを作ったりすることはできないの」
「うーん、そうかぁ。ところでリィン、いつまでにパーティ料理を作れるようになりたいの? って、24日までよね。クリスマスにアレンに食べさせるんでしょ? てことはあとひと月か。それなら何とか仕込めるかな」

 

 リィンは顔を輝かせた。

 

「パーティ料理、作れるようになる? ありがとうカトリナ、わたし頑張る!」
「うんうん、頑張ろうね」

 

 カトリナはリィンの頭を撫でた。リィンはいつも、妹みたいで可愛い。

 

「それじゃあ明日から習いに来てもらおうかな。わたしは仕事があるから、夜からでもいい? あんまり遅いとアレンが怒るかな。そうなると厄介だなぁ。かといって昼間は無理だし、休日だけだと日数が少ないし……」
「大丈夫、夜でいいよ。アレンにはちゃんと言っておくから」
「そう? じゃあ、お願いね。明日の3つ目の鐘が鳴ってからうちに来て。材料はわたしが帰りに買っておくから」

 

 連日夜遅くなるとアレンが心配するかもしれないが、期間限定のことだし大丈夫だろう。カトリナは軽く考えながら、リィンをお茶に誘った。

 

 

 

 

「最近夜遅いね。カトリナとそんなに話すことがあるの?」

 

 帰宅したリィンに、アレンが微笑みながら声を掛けた。コートを脱ぎながら、リィンは答えに詰まった。料理を習うことはアレンに内緒だ。クリスマスに料理をたくさん作って、驚かせたい。

 

「あ、うん。えーと、女子会をしてるの。だからたくさんお話することがあるんだよ」
「そう、女子会。楽しそうだね。どんなお話をしてるの? カトリナはディーンの話ばかりなのかな」
「う、うん。そう、ディーンの話ばっか。仲良しだもんね」
「リィンはどんな話してるの?」
「えーと、アレンの話ばっかりしてるよ」

 

 これは嘘ではない。料理を教えてもらいながら、アレンの話をよくしている。リィンが喋りたいのはもちろんだけれど、どちらかというとカトリナが聞きたがるのだ。
 ちなみにカトリナは、ディーンのことをあまり話さない。聞きたいと言っても、「話すことなんて何もないよ」とはぐらかされてしまう。そんな時、カトリナの頬はいつも赤い。やっぱり仲良しなんだな、とリィンは思う。
 アレンはしばらく沈黙していたが、やがて意味ありげに笑った。

 

「リィンは下手だね」
「えっ、何が?」

 

 料理の腕のことを言われたのかと思って、リィンはドキリとした。しかしそれ以降、アレンがこのことについて喋る事は一度もなかった。

 

 

 

 

 次の日の朝である。ディーンは暇を持て余していた。
 昨日大口の仕事が終わったばかりで、今日はすることが何もない。狭い廃屋を何とか住めるレベルまで改装しただけの住居兼仕事場なので、隙間風が酷い。朝起きて一番にすることは、煤けた暖炉に薪をくべて、火をおこすことである。
 もう少ししたらカトリナが出勤してくる時間である。何度も一緒に住もうと誘ったが、「甘えるわけにはいかないから」という訳の分からない理由で拒否されている。
 と、その時扉が開かれた。

 

「よう、カトリナ。今日は早いな――、って、え? 何でおまえがここにくるんだよ」
「そんな露骨に嫌な顔をしなくてもいいじゃないか」

 

 招かれざる客――アレン・クーリーは、困ったように微笑んだ。一見無害で優しげな少年だが、本性は油断ならない策士である。しかも、性悪だ。

 

「カトリナはまだ来てないようだね。それにしても、寒いな」
「さっき火をつけたばかりだ。で? 何の用だ? 世間話に来たわけじゃないんだろう」
「せっかちだね」

 

 アレンは表情をやわらげる。本当に、見た目だけは優男だ。

 

「うん、でもその通りだよ。単刀直入に言うと、カトリナの力を少し貸して欲しいんだ。今追っているヤマが少し厄介でね。手持ちの部下だけでは少し苦しい。カトリナが足を洗ったのは充分理解しているけれど、昔のよしみで何とか手伝ってくれないかなと思って。カトリナはもうすぐ来るの?」
「ああ。でも、駄目だ。おまえがやっている危ない仕事に、カトリナを関わらせる訳にはいかない。これまで、そのせいでどんな目に遭ってきた事か」
「どうしても?」

 

 ディーンはうなずく。これだけは譲るわけにはいかない。アレンは肩をすくめた。

 

「仕方ないな。ディーンはカトリナの父親みたいだね」
「本当におまえはイヤなところを突いてくるなな」
「じゃあ今日のところは退散するよ。カトリナによろしく。――あ、そうだ」

 

 アレンはノブを持つ手を止めて、振り返った。

 

「最近リィンが毎日カトリナの家にお邪魔してるみたいだけど、仕事に支障出たりしてない?」
「ん? 大丈夫だぞ。あいつ、毎日張り切ってる。楽しいみたいだ」
「そうだろうね。リィンもとても嬉しそうにしているよ。どうやら僕たちを肴(さかな)にして盛り上がってるみたいだ」
「女はそういうの好きだな。でも、結構真剣に教わってるみたいだから、リィンの方がクタクタになってるんじゃないか? あいつ、料理なんて得意じゃなかっただろ」
「ふふ。リィンの料理はおいしいよ。僕は好きだ。それじゃあ、また」

 

 アレンが出ていった後すぐに、カトリナが出勤してきた。彼女は冷えた手を暖炉にかざしながら言った。

 

「さっきアレンとすれ違ったよ。なんだかご機嫌だったんだけど、どんな話してたの?」
「おまえの力を貸して欲しいってさ。断っておいたぞ」
「ああ、そっちね。うーん、別にわたしはちょっとくらいなら手伝ってもいいんだけど……。というかてっきりリィンがらみの話をしたのかと思った。変にご機嫌だったから」
「リィンの話? ああ、最後にちらっとしたっけな。でも別にアレンが喜ぶような話はしてないけど。でもおまえ、よくあいつがご機嫌だって分かるな。いつもニコニコしてるから、不機嫌なのかご機嫌なのかオレには見分けがつかない」
「アレンとは付き合いが長いからね」

 

 少しだけ、ディーンはムっとした。そんなことも知らずに、カトリナは腕まくりして言う。

 

「よーし、今日もリィンに教えなくちゃ! あの子どんどん上達してるから、きっとクリスマス当日は豪華なの作れるようになると思うよ。アレンびっくりするだろうなぁ。当日の様子、ぜひリィンに聞かなくっちゃ」
「そんなことよりカトリナ、昨日の仕事の書類、まだできてないだろ。さっさと片付けようぜ」

 

 ディーンは早くアレンの話を切り上げたかったので、すぐに話題を変えた。だから気づかなかった。「料理を教わっていることは、アレンには内緒」ということを。
 そして、アレンが実は、そのことを聞き出すためにディーンを訪ねてきたということを。

 

 

 

 

 アレンと過ごすクリスマスは、今回が初めてだ。
 いつも仕事を頑張っていて、いつも優しくしてくれる。大好きなアレンに、特別なプレゼントをしたい。
 リィンは一生懸命、料理を作った。カトリナから教わったことを一つ一つ思い出しながら、メモを何度も読み返しながら、1日かけて調理した。指先を火傷してしまったり、切り傷を作ってしまったりしたけれど、何とか完成した。

 

 出来上がった料理は、テーブルに所狭しと並べられている。クリスマスツリーも飾り付けた。キャンドルも用意して、暖炉で部屋を暖かくして……。
 もうすぐ、アレンが帰ってくる。

 

 

 

 

 雪が降り始めた。アレンは石畳の街道を早足で歩いていた。
 腕には大きなぬいぐるみを抱えている。以前リィンが「可愛い」と立ち止まったショーウインドウ。ハニーブラウンのテディベアは残り一つだった。
 そして、ポケットには塗り薬。多分、指にたくさん傷を作っているであろうリィンのために。

 

 

 聖なる夜は更けてゆく。
 純白の雪が、優しく街を包んでいた。

 

 

 

 

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