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 主人よりも弱い、騎士がいる――。

 

 騎士の名門、エオウィン家。ここに名を連ねる者は、男女問わず、尋常ならざる『強さ』が求められる。事実、騎士団の中で、エオウィン家の者に敵う者はいない。いや、『いなかった』と言うべきか。

 

 ここに、一つの噂がある。
 リネット・エオウィン、16歳。彼女は護るべき主人よりも『弱い』のではないか、と。

 

 

 

 

「弱いな」

 

 にべもなく、マルセルは言い切った。がっくりと肩を落とすのは、噂の人物リネット・エオウィンである。

 

「マルセルさま、身もフタもない言い方、やめてください。ヘコみますほんと。ものすごく。尋常じゃなく。地の底が見えるくらい」
「事実を言って何が悪い。落ち込むのは、それを受け止める覚悟がないからだ」

 

 マルセルの目はどこまでも冷徹だ。生半可ではない美少年だから、余計に冷たさが身にしみる。
 白い陶器のような肌。透きとおった翠(みどり)色の瞳。肩の上で切り揃えた真っ直ぐの髪は、一本一本が光を受けて輝く、金色だ。華奢な体つきをしているが、鍛え上げられた剣技は、王族一と言われるほどである。
 そう、王族。彼の名はマルセル・イリヤ・サウスヴァール。この王国を治めている女王は、彼の姉だ。彼女に子供がいない今、マルセルが第一王位継承者である。
 つまり、とっても偉いのだ。
 そしてそんな彼が、リネットが護るべき『主人』だったりする。さらに、囁かれている噂も、本当だったりする。

 

「どうしたら強くなれるんだろ……。こんなにも毎日毎日、マルセルさまに叩きのめされてるのに、ちっとも上達した気がしないです」
「当たり前だろう。僕は別に、おまえに剣技の稽古をほどこしているわけじゃない」
「えっ、じゃあ何なんですか、この時間は」
「ストレス解消だ」

 

 あっさりと言い切って、マルセルは剣を鞘(さや)に納めた。「ひどい……」とうなだれつつ、リネットも剣を仕舞う。
 ここは城内の中庭だ。たまにメイドや警備兵が通るくらいで、あまりひとけはない。

 

「でもマルセルさま。今日はいつもより時間が短いですね。何か御用でもあるんですか? それとも、いつもよりストレスが溜まってないんですか」
「残念ながら、ストレスは大いにある」

 

 マルセルは溜息をつく。

 

「姉上――女王に喚(よ)ばれている。話の内容は予想つくが……。だからこそ、厄介なんだ」
「あっ、それってもしかして、例のアレですか? 女王さまと、『第一騎士』が3年前に行きましたよね。確か、王族は必ずやらなきゃならないっていう……」
「そう。王族と騎士、2人のみで行く、王国一周の旅だ」

 

 騎士と2人――。つまり、マルセルとリネットだけで、王国を放浪するということだ。期間は特に定められていない。とにかく、王国の主要な都市を回り、見分を広めるということが狙いなのだそうだ。

 

「そんな渋い顔して。行くのイヤなんですか?」
「当たり前だろう。王子として、王国内でやらなければならないことが山ほどある。こんな時期にのんきに旅なんてしていられない」
「マルセルさまは優秀ですもんね。わたしの自慢の王子さまです」
「別に、おまえの王子ではない」

 

 極寒の表情でマルセルは切り返した。
 幼いころから神童の名を欲しいままにしてきた第一王子だ。姉である現女王よりも、王にと推す声が多かったほどである。

 

「でも大丈夫ですよ。女王さまはああ見えて、鉄の心臓ですよ。マルセルさまが近くにいなくたって、きちんと女王の務めを果たされると思いますよ」

 

 マルセルはリネットの言葉を無視して、きびすを返した。女王の宮に行くのだろう。リネットは慌てて追いかける。
 マルセルは責任感が強いので、姉であるメイベル女王をつねに自分が支えなければと思っている。でも女王は一見頼りないが、とてもしっかりしていて、きちんと公務をこなせる器だ。だからたいてい、マルセルはカラ回ってしまう。そんなところも可愛いな、とリネットはこっそり思っている。
 なぜ「こっそり」かというと、以前「マルセルさま可愛い」と言ったら思い切り怒られたからだ。マルセルに言わせると、エオウィン家の者は皆、王族を王族と思わない言動をするらしい。
 リネットはただ、マルセルのことが大好きなだけなのだけれど。

 

「着いたぞ。王宮だ」

 

 マルセルが立ち止まり、目前の壮大な邸(やしき)を見上げた。壮麗な彫刻が施された、優美な建物。サウスヴァール王国女王、メイベル・ミーティア・サウスヴァールの居住である。

 

 

 

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