表紙
1 [2] 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 fin. 後日談

 

「2人とも、忙しいのに呼び出してごめんなさい」

 

 ふわふわとした金色の髪を躍らせて、女王は階段を駆け下りてくる。そんなに慌てて走ってきたら危ない――と思ったのも束の間、メイベルは転んだ。ゆうに10段を超える、階段の上で。だがしかし、彼女の華奢な体を力強く抱き留めた両腕によって、おっちょこちょいな女王は事なきを得る。この辺りはあまりにもお約束、リネットたちの日常なので、特に慌てたり驚いたり安堵したりしない。
 メイベル女王を抱き留めたのは、鋼のように鍛え上げられた体躯の青年であった。名はライナス・エオウィン、役職は女王の第一騎士。リネットの実兄である。
 メイベルは慌てて、ライナスに礼を言った。

 

「ありがとうライナス。わたしはいつも、この階段でライナスに助けられてばかりね」
「貴女(あなた)が悪いのではない。貴女を転ばせる、この階段が悪いのです」

 

 とろけるような甘い笑顔でサラリと言う兄を、リネットはつねづね、気持ち悪いと感じている。まあ、この兄が女王にぞっこんであることは、リネットが生まれた頃から変わらない事実だ。
 しかし、兄は口ばかりの男ではない。実力は折り紙付き、エオウィン家の始祖に肉薄すると噂されるほどだ。
 同じ兄妹で、どうしてここまで違うのだろう。リネットは一人落ち込んだ。兄だけでなく、妹のセシリアまでリネットよりも数倍の強さを誇っているのだ。こんなに毎日努力しているのに、呪われているとしか思えない。

 

「そう、それでね。2人にはそろそろ、旅に出てほしいの。ほら、3年前わたしとライナスも行ったでしょう? 王国を一周して見聞を広めるという王家の慣例よ」
「慣例は承知していますが、姉上。今私が城を離れるのは百害あって一利なしだと思われます。前国王が崩御していまだ2年、王国は不安定のさなかにある。わたしが行うべき仕事は100数えても足りないほどだ」
「それも分かっているわ。マルセルはとても優秀な弟だもの。他のどの弟妹(きょうだい)たちより頼りにしてるのよ」

 

 メイベルは少し困ったように、首を傾げた。薔薇色のふっくらした頬が、憂いを帯びる。リネットは、メイベルよりも愛らしい生物をまだ知らない。

 

「でもね、マルセル。わたしが心配なのは、王国のことだけじゃないの。あなたのことよ、リネット」

 

 突然話題を振られて、リネットはまたたいた。

 

「わたし、ですか?」
「ええ。知り合いの『教会士』(きょうかいし)から聞いたのだけれど、どうやらあなたには『悪魔』が憑(つ)いているらしいの。だからそれを祓う目的もあって、旅に出てほしいと思っているのよ」

 

 リネットはさらに、またたいた。まさか、本当に呪われていたのか。マルセルが眉根を寄せつつ口を開いた。

 

「教会士というと中央教会の連中ですか。確かに悪魔祓いの部門を設けていると聞きますが、リネットはどう見ても、うんざりするほど健康体だ。悪魔憑きとは到底思えません」

 

 なにやら引っ掛かる物言いだったが、おおむね賛成だったので、リネットはこくこく頷いた。
 だがメイベルの面差しは曇ったままだ。

 

「でもね、マルセル。少し思い出してほしいの。5年前、リネットが初めて『儀式』をした時のことよ。マルセルが突然暴漢に襲われて、あなたたちはリネットの『力』を解放しようとしたけれど失敗したわ」

 

 リネットはギクリとした。あの時のことは、正直あまり覚えていない。その後ひと月ほどの記憶がなくなっているのだ。気付いたらリネットは、自室のベッドにいた。
 エオウィン家の騎士は、王族と簡単な『儀式』を行うことによって、潜在能力を解放することができる。その時の強さは、兵士100人にも匹敵すると言われている。『第一騎士』の代名詞と言われる力だ。しかしまだ、リネットは一度も成功できていない。

 

「あなたたちはまだ12歳と11歳で、幼かったとはいえ、王族と第一騎士の『儀式』が失敗するというのはほとんどない事例よ。しかもあの時は、リネットがあのような状態になってしまって――」
「姉上。つまり、リネットと私が力解放の『儀式』を行えないのは、リネットに憑いている悪魔が原因ということですね」

 

 メイベルの言葉を遮り、マルセルが話を簡潔にまとめた。予想もしていなかった展開に、リネットはなかなかついていけない。
 マルセルは一拍考えたあと、首肯した。

 

「承りました。旅に出立したいと思います。なるべく早く――そう、明日にでも」

 

 

 

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