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1 2 [3] 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 fin. 後日談

 

 次の日の早朝。やっと朝日が顔を出した時分である。
 折よくも気候は穏やか、涼しげな風と優しい光が、しんとした中庭を包んでいる。リネットは最低限の荷物を背負い直して、腰に下げた剣を確かめた。
 今日から2人きりの旅に出るのだ。頼りない自分の力だけれど、精一杯マルセルの護衛を務めなければならない。間違っても、暴漢からマルセルに『護られる』というようなことがあってはならないのだ。

 

「目が赤いな」

 

 突然、冷えた翠玉の瞳に覗き込まれて、リネットはドキリとした。慌てて両手で目を隠す。

 

「だ、大丈夫です。少し緊張しただけで、昨夜ぜんぜん眠れなかったなんてことはないですから」
「そうか、眠れなかったんだな」

 

 マルセルはわずかに、口端で笑む。まるで「おまえでも緊張することがあるのだな」とでも言いたげな顔だ。
 本来なら憎たらしいはずの表情でも、マルセルだと引きこまれるほど綺麗だ。
 リネットは体裁を整えて、答えた。

 

「……すみません。昨夜、ライナス兄上に旅のポイントを色々と聞いたのですが、なんだかとっても恐ろしいことばかり聞かされて、震えあがってしまって。兄上は3年前、旅に出ているので体験談を聞いたんです。そうしたら、盗賊が出るとか、ストーカーが出るとか、暗殺者やら陰謀やら化け物やら……」
「ライナスの言うことを間に受けるのは、無能のすることだ。彼は基本的に、姉上以外すべての人間に対して底意地が悪い」
「そうですねぇ。わが兄ながら、まったく反論できませんよ」

 

 広い中庭を抜けると、裏門が見えてくる。裏門かつ早朝ということもあり、門番は2人だけだ。お忍びの旅だが、このベテランの門番たちだけには事情を伝えてある。

 

「おはようございます、王子。とてもいい日和ですね」

 

 穏やかに、門番が微笑んだ。マルセルはうなずく。

 

「そうだな。気持ちよく出立できそうだ。最後までこうであるといいのだが」
「大丈夫ですよ、王子はとても有能でいらっしゃるから」

 

 マルセルの後ろで、リネットはコクコクと頷いた。自慢の王子様なのだ。マルセルほど頭が良く、剣も強い人間は見たことがない。
 門番たちはゆっくりと開門した。古い木造りの門がきしみ、開いたところから朝日が差し込まれてゆく。まぶしくて、リネットは目を細めた。

 

「ところで王子。まずはどちらの方面へ行かれるのですか?」
「ユーザの森へ行こうと思っている」
「ああ、あそこですね。そういえばパルタ・ジーク小隊長があの辺り出身で、今里帰り中ですよ。ばったりお会いにならないよう、お気を付けください」
「ああ、先日昇進した彼だな。ありがとう、気に留めておこう」

 

 リネットは感心した。パルタ・ジークと言われても、なんとなく聞いたことがあるような気がするが、顔や経歴までは浮かんでこない。マルセルはいったいどれだけの兵士を把握しているのだろうか。
 ぼーっとしていると、マルセルが冷たい表情で振り返った。

 

「何を突っ立っている。行くぞ」

 

 リネットは慌てて王子の背中を追いかけた。
 気のせいなのかもしれないが、マルセルはリネットにだけ、結構かなり冷たい。

 

 

 

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