表紙
1 2 3 4 5 6 7 [8] 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 fin. 後日談

 

 猛スピードで行程を踏破し、3日かかるはずが、2日で辿りついた。
 マルセルの言う「3倍」には及ばなかったものの、すべて野宿でこなしたハードな旅であるので、そこそこの及第点だとリネットは思う。
 セシリアがいた時以外は、食料の調達も調理も自分がこなしたし、眠るときも、マルセルより後に寝て、朝は先に起きた。火をおこすのだけが苦手で、それはマルセルにしてもらったけれど、それ以外は騎士として、頑張ったと思う。

 

「何満足そうな顔をしている。おまえの本番は今からだろう」
「えっ、あ、そうですね」

 

 リネットは慌てて居ずまいを正し、目の前の家を見上げた。
 ユーディの森にぽつんと建っている、木造りの平屋だ。あばら屋、という表現がぴったりの、寂しげな家だった。
 ここに、例の教会士が住んでいる。リネットの『悪魔祓い』をしてくれる予定のヒルト・ハーネスだ。
 リネットは緊張しつつ、扉をノックした。

 

 

 

 

「――断る」

 

 あっさりとヒルト・ハーネスは却下した。リネットは一瞬何を言われたのか分からなくてきょとんとし、マルセルはわずかに眉を寄せた。

 

「悪魔祓いはもうやめた。教会からも足を洗っている。一体どこから情報を得てここに辿りついたのかわからないが、悪魔祓いをしてほしいなら、正規の教会士に頼め。オレはやらない」
「で――でも、女王さまがここに行けって……ここなら悪魔祓いをしてくれるって、聞いたんです。お願いです、やってください」

 

 リネットは焦りつつ何度も頭を下げた。まさか門前払いをされるとは思ってもみなかったのだ。
 ヒルト・ハーネスは、それでも首をたてに振ってくれない。リネットは途方に暮れた。
 メイベル女王から聞いた話だと、彼は20歳前後の青年だという。でも目の前に立っている男性は、ハタチそこそこの青年というイメージはまったくない。すらりとした細身の長身だが、貫禄がありすぎる。切れ長の双眸と、そっけなくひとまとめにした黒の長髪が、余計に冷徹で近寄りがたい。
 同じクール系でも、マルセルとは一味違う。マルセルが氷なら、ヒルトは刃だ。マルセルは普段冷たくても、たまにゆるっと溶ける瞬間がある。ヒルト・ハーネスはそういうスキが全くない。現に彼は、リネットたちを玄関にすら入れてくれないのだ。マルセルは王子だと名乗ったにもかかわらず、である。
 でも、ここで引き下がるわけにはいかない。早く悪魔を祓って、『儀式』で騎士本来の力を解放できるようにならなければいけないのだ。

 

「どうしてダメなんですか? 何か理由があるなら、改善できるように頑張ります! だから、理由を教えてください」
「悪魔に憑かれる人間は、心が穢(けが)れているからだ」

 

 冷徹に宣告されて、リネットは絶句した。

 

「悪魔は憑く人間を見極める。憑かれる人間は、心根(こころね)に悪を抱えている。つまり、自業自得だ。そのような人間を救うことに、オレは疲れた。そういう奴らは、自分の私利私欲を満たすことばかり熱心で、胸糞が悪い。だから教会を辞め、ここに一人で住んでいる」

 

 体が凍結したように、リネットは何も答えられないでいた。
 彼の言葉がショックだったというだけではない。――心当たりが、あるからだ。
 それまで黙って成り行きを見守っていたマルセルが、冷静に口を開いた。

 

「話は分かった。だが、今夜はもう日が暮れる。2日間野宿で体力的にも厳しい状態だ。一晩の宿を貸してくれないか」
「その辺で寝ろと王子を追い返すわけにもいくまい。部屋の空きはある。上質なベッドとは言いがたいが、それでも構わないなら泊まっていけ」

 

 リネットはまだ動けないでいる。マルセルの手のひらが肩に置かれて、ゆるゆると顔を上げた。
 綺麗な翠の瞳が、目の前にある。リネットは泣きそうになった。こういう時でも、いつもと変わらない冷静な瞳に、泣きたいほどに安堵するのだ。

 

「ごめんなさい、マルセルさま。わたし――」
「謝る前に、するべきことをしろ。今夜一晩、なぜ悪魔に憑かれたのか理由を考えるんだ」
「はい。わかりました、マルセルさま」

 

 リネットは頷いた。マルセルの言うとおり、今するべきことを、全力でやろうと思った。

 

 

 

表紙
1 2 3 4 5 6 7 [8] 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 fin. 後日談

 

 このページにしおりを挟む
 トップページへ戻る