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 ――エオウィン家の騎士は、強くあらねばならない。

 

 暗闇の中で一人、リネットは父の言葉を思い出す。前女王の第一騎士を務め上げた、立派な父だ。前女王が病死してからは引退し、育成に尽力している。
 いつまでも強くならないリネットに、父はよく言っていた。

 

 ――それは力の強さだけではない。心の強さでもある。

 

 固いベッドの上で、寝返りをうった。この部屋にいるのはリネット一人だ。マルセルは別室で休んでいる。本来なら第一騎士は常に王族のそばにいなくてはならないのだが、今夜はマルセルに「一人でゆっくり考えろ」と命じられたのだ。
 リネットは、自分自身の弱さを充分に知っている。
 本来は王子の第一騎士を辞退しなくてはならないレベルだということも、知っている。
 マルセルは誰もが認める優秀な王子だ。眉目秀麗、武も誉れ高く、王国の至宝と言われている。そんなマルセルを護衛するのが出来損ないの騎士だなんて、誰が認めるのだろうか。
 事実、騎士の仲間や城内の士官に、直接はっきりと言われないまでも、遠回しに「向いてないのではないか」と言われたことは何度もある。
 それでもリネットは、マルセルの騎士をやめられない。
 第一騎士であれば、マルセルの一番近くにいられるから。
 もし悪魔に憑かれたのが、自分のけがれた心のせいなのであれば――きっと、自分のために今の立場にしがみついているのがいけないのだ。
 ……でも。
 リネットはぎゅっと目を閉じる。思考が渦巻いて、まとまらない。眠れそうにもなくて、仕方なく起き上がった。窓の外を見ると、月明かりで意外に明るい。
 そこに、人影があった。

 

 

 

 

 ヒルト・ハーネスは、低く呪文のようなものを唱えていた。リネットは夜露を含んだ草を踏んで、少し近づいた。彼はまだこちらに気づいていないようだった。
 呪文を唱え終わると、青い小さな光が、夜闇の中にいくつも生まれた。ふわりと浮かび上がり、踊るようにヒルトの周囲を回っている。リネットは彼の背後にいるので、ヒルトがどのような表情をしているのか分からない。
 でも、青い光たちは嬉しそうに踊っているのだと、なぜか分かった。月光が降りる森の中、その光景はあまりにも幻想的で、リネットはしばらく見とれていた。

 

「何をしている」

 

 ふいに声を掛けられた。空へ舞い上がる光に見入っていたから、ヒルトがすでにこちらを振り向いていることに気が付かなかった。
 リネットは慌てて頭を下げる。

 

「こんばんは。ごめんなさい、つい綺麗で見とれてしまって……声を掛けるのを忘れていました」

 

 半分本当で、半分嘘だ。ヒルトは何となく怖くて、声を掛けづらい。
 リネットの声に反応したのか、青い光は音もなく霧散してしまった。

 

「あ……。消えちゃった。綺麗だったのに」

 

 リネットの言葉に、ふと、ヒルトは表情をゆるめた。初めて見る微笑らしきものに、リネットは面食らう。
 この人も、笑うんだ。

 

「眠れないのか」

 

 ヒルトの声は、静かだ。昼間聞いた、険のある印象とは違っていて、リネットの肩から力が抜けた。素直に頷く。

 

「はい……。ヒルトさんが昼間に、『悪魔に憑かれるのは心が穢れているからだ』って言ってたのは、合ってるなって思って。そうしたら、いろいろ思い出して、眠れなくなりました」
「そうか。昼間はすまなかったな。……少々動揺したこともある。君たち2人の組み合わせが、オレの感覚には少々キツくてな。特にあの、マルセル王子の――、いや。この話はいい」

 

 ヒルトは強制的に話を打ち切る。リネットとしてはその続きがとっても気になるところなのだが。
 けれど彼は、庭の壁際にある、古ぼけた木造ベンチに目を向けた。

 

「まずは、君の話を聞こう」

 

 

 

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