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1 2 3 4 5 6 7 8 9 [10] 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 fin. 後日談

 

 初対面の人に、自分のコンプレックスを洗いざらい話すのには、抵抗がある。
 でもなぜか今日は、素直に言葉が出てきた。彼が悪魔祓いだからなのか、突然優しくなったからなのか、静かな夜と月のせいなのか――、たぶん、全部だろう。

 

「だから、わたしは名門エオウィン家の中で一番の落ちこぼれなんです。それなのに、王族きっての傑物と言われているマルセルさまの第一騎士で……。肝心の、『儀式』すらできない。だから今すぐにでも、この座を降りなくちゃいけないのは分かっているんです。でも、どうしてもそれができないんです」

 

 話していて、情けなくなってきた。マルセルのそばにいたいという、自分の望みのためだけにマルセルを縛り付けているのではないだろうか。マルセルが命令で自分を解任しないのは、リネットを哀れに思っているからなのだろうか。
 もしそうだとしたら……マルセルの重荷になっているのではないか。マルセルはいつか、リネットを嫌いになってしまうのではないだろうか。

 

 

 

 ―― リネット

 

 ―― 僕はここにいる。大丈夫だ。

 

 

 

「……?!」

 

 突如、脳内にザクリと『声』が差し込まれた。鋭い痛みに、リネットは頭を抱える。
 ――今のは、何。
 声と頭痛は一瞬で消えた。こんなの、初めてのことだ。
 あの声は――マルセル?
 でもそんなこと、彼から言われた記憶はない。

 

「先ほどの、青い光だが」

 

 リネットの異変に気づいていないわけがないのだが、ヒルトはなぜか、平静に告げた。

 

「あれは森の精霊だ。月の明るい夜はああしてオレのところへ遊びに来る。精霊と悪魔はもともと同じ種族で、あの光のように、自然の中に留まっているのを精霊、人にとり憑いたものを悪魔と呼ぶ。そしてオレは自分自身を、悪魔祓いではなく、精霊使いだと思っている」

 

 リネットは驚いた。初耳だ。きよらかな精霊と、忌むべき悪魔が同じ種族であるなど、中央教会が聞いたら卒倒するだろう。リネットは先ほどの声を忘れて、つい聞き入ってしまう。

 

「つまり悪魔とは――木々や草花よりも『人間に興味を持った』精霊だ。そして彼らは、人間のプラスの心よりも、マイナスの心に興味を惹かれるらしい」
「どうしてわざわざ、マイナスの心なんですか? 精霊は無邪気な生物って聞きました。見たことは、ないけど……。あ、さっき見たけど」
「そう。無邪気で気まぐれ、そして好奇心旺盛だ。人間にも言えることだが、好奇心は身を滅ぼす。人間のプラスの心は単純明快だが、マイナスの心はドロドロと底なしに、複雑だ。そこを精霊はおもしろく感じて、さらに深淵へ潜ってしまう。好奇心に勝てず、さらに、奥へ、奥へ――。そして彼らは知らぬうちに、マイナスの心に取り込まれ、身動きすら取れなくなる」

 

 リネットは眉を寄せた。それならば『悪魔』とは、加害者ではなく被害者ではないか。
 人間のドロドロした心の、被害者。

 

「彼らは苦しくて、そこから逃れたくて、時折暴れだす。それは宿主である人間に影響を及ぼし、奇怪な言動をさせる。それが『悪魔憑き』の正体だ。だから彼らは本当は、人の心から抜け出して、元の精霊に戻りたがっているんだ」

 

 リネットの中にも、『それ』がいる。
 身動きが取れなくて、苦しんでいる精霊。彼が暴れて、リネットの『儀式』の鍵を閉めてしまったのだろうか。
 わたしのせいだ。
 リネットはぎゅっと目をつむった。脳内で、穢れにまみれて消えてしまいそうな青い光が浮かんだ。
 ならば、やることは一つしかない。

 

「わたしの中のドロドロしたものがなくなれば、精霊さんは助かるんですか?」
「まあ、理論上はな。マイナスの心をプラスに変えるのは、かなり難しい。だから教会の悪魔祓いは、無理やり精霊を『消す』手法を取る」
「ヒルトさん。わたしをしばらくここに置いてくれませんか」

 

 ヒルトの表情はあまり変わらなかったが、わずかな沈黙で、彼が驚いているというのが感じ取れた。
 そうだろう、リネット自身が一番動揺しているのだから。
 あれほど離れたくないと思っていたのに――、それでも、自分のせいで、今の苦しい状況が生まれているのであれば、正すのもまた自分なのではないだろうか。
 それは、勇気だ。

 

「自分の力で、精霊さんを助けたいんです。お城に戻って、マルセルさまの近くにいると、いろんな雑音が聞こえてきて、自分の心に負けちゃうんです。でもここなら、青い精霊さんが来てくれるような綺麗な場所なら、ドロドロを減らしていけるような気がするんです」
「だが君は、あの王子のそばを離れたくないんじゃないか? リネットがいなくなれば王子も困ることがあるだろう」
「そんなの……ないです」

 

 リネットは思わずうつむいた。しかしすぐに顔を上げる。

 

「でも、これから、『こいつがいないと困る』って思ってもらえるようなリネットになるんです」

 

 

 

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