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「なにも心配するな、リネット。僕がそばにいるから」

 

 力強い声が、降る。いつもはそれだけで、心が安堵して、和らぐことができた。
 でも今は、違った。
 リネットは泣きながら、震える手でマルセルの腕をつかんだ。

 

「苦しいよ、マルセルさま」

 

 ――息ができない。
 腕も、足も、首も、冷徹な鎖に拘束されている。あまりにも無慈悲な牢獄の闇に、リネットはいた。その中で唯一、熱い体温を持って支えてくれていた。

 

「寒いよ。助けて」

 

 芯からの凍えに、リネットの震えは止まらない。冷たい岩の床がさらにそれを助長していた。マルセルが自分の膝の上に抱き上げて、毛布で包み込んでくれた。
 マルセルは華奢なはずなのに、しっかりと抱きしめてくれる腕はとても力強く、生気に溢れていた。けれどリネットの『渇き』は、それだけでは到底満たされないのだ。

 

「儀式をして。儀式を――『血』を。苦しいよ、死んじゃう。このままじゃ、死んじゃうよ。マルセルさま……!」
「分かった、リネット。分かったから泣くな」

 

 マルセルはリネットをきつく抱き直す。リネットの唇を自身の首筋に近づけた。
 彼の肌から立ち上る甘い香りに、眩暈がする。色の失せた唇を開いて、ためらいなくリネットは、細く伸びた犬歯を、肌に突き立てた。

 

 ――ああ。
 神様。
 わたしはもう、どこまでも、堕落していくんです。

 

 初めて儀式を――マルセルの血液を口に含んだあの時から、リネットは狂い続けている。際限なくマルセルの血を求めてしまう。正気を保っていられない。下手をすれば、マルセルが死ぬまで――おそらく死んだあとも、貪るように、血を飲み続けてしまうだろう。
 だから秘密裡に、牢へ入れられた。
 本当なら、誰も訪れないこの場所で、狂いながら冷たく死んでいくはずだった。

 

 けれどマルセルは、来てくれた。
 老いた牢番の制止をやりこめて、たった一人で。

 

 マルセルがわずかに、身じろぎした。
 リネットは構わず、甘い血液を喉いっぱいに流し込む。先ほどの震えと寒さが嘘のように消えて、ふんわりした心地よさが全身を包む。
 苦しげに、マルセルが息を吐いた。
 それでもリネットは、その腕に強く、抱かれ続けていた。

 

 

 

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