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 数年前の、あの日――
 リネットはマルセルの狩りに付き従っていた。馬を駆ってしばらくして辿りつく、小さな森だ。
 ウサギや鳥を狩り、日も傾いてきて、そろそろ帰ろうかという時分、奴らは現れた。流れ者の盗賊団で、30人はいただろう。
 最初に矢を受けたのは、リネットだった。3本の矢を、不意打ちで肩。右腕、左のふくらはぎに受けた。しびれ薬が塗られていた矢は、すぐにリネットの力を奪った。
 マルセルは一人で全員を相手にしなければならなかった。それでも彼ならば30人の流れ者など造作もなかっただろう。
 けれど、負傷したリネットがいた。
 マルセルは、リネットを護りながら戦わなければならなかった。

 

 しかしマルセルは涼しい顔で、大木を背にリネットを座らせ、剣を抜き立ち上がった。30人の盗賊を前に、臆することなく。

 

(マルセルさま)
(『儀式』をしましょう)

 

 エオウィン家の者には不思議な力がある。王族の血液を口にすると、潜在能力以上の力が開花するのだ。それは己の剣だけでなく、自然界の精霊の力を借り、風や光を自由自在に操ることができるようになる。
 提案したのは、リネットだった。
 もしかしたらマルセルなら、こんな状況でも勝てるかもしれない。けれど多少なりとも傷は負うだろう。
 そして自分は何もできない足手まといで終わるのだ。――王子の『第一騎士』だというのに。
 そんなこと、嫌だった。『だから』儀式を提案した。
 儀式をしなくても、マルセルは勝てた。それを知っていて自分は、保身を選んだ。

 

(もうこれ以上、『第一騎士にふさわしくない』となじられたくない)

 

 認められたい。
 城の人間に。エオウィン家の親族に。認めてもらって、そしてこれからもずっとマルセルの一番近くにいたい。
 マルセルは一瞬沈黙した。そして、了承してくれた。――きっとマルセルは、分かっていた。リネットの汚い心を。

 

 保身のために、不必要な『儀式』を――「まだリネットは実力不足だから、行ってはいけない」と父から言われていた儀式を、実行してしまった。
 その結果が、あの事態だったのだ。

 

 

 

 

 リネットはソファに倒れ込む。座っていられない。狂暴な闇が暴れまわる。それは自分の罪だ。自己保身。周囲からの認知が欲しかった。怖かった。マルセルに護られて、何もできずにただ城に帰ってきたら、どんなふうに言われるか。

 

 ほら、やっぱり。
 出来損ないのリネット・エオウィン。
 さっさと辞めてしまえばいいのに。

 

「……ごめんなさい……!」

 

 涙があふれる。
 マルセルは何も言わない。メイベルも、ライナスも、何も言わない。リネットだけが忘れていた。忘れたい記憶を都合よく忘れて、「努力してるんだから」と、マルセルの隣にい続けた。
 マルセルはどんなに辛かっただろう。忙しい公務の合間にリネットのところに来て、自身の血をギリギリまで与え続けて――それを、1か月間ずっと。
 堤(つつみ)が決壊した。
 あふれ出る泥の塊に、リネットはなすすべもなく、崩れ落ちた。

 

「リネット、しっかりしろ」

 

 ヒルトが前に回り、リネットの上体を起こした。まっすぐに目を合わせてくる、その視線が痛い。
 断罪されているような気がする。
 おまえが悪いのだと。

 

「呑みこまれるな。出られなくなるぞ」

 

 ビリ、とヒルトの手から刺激が流れ込んできた。闇に呑みこまれそうになるリネットを、何とか繋ぎとめてる。

 

「王子がこの家を出る時、何て言っていた? 一番大事なものを見失うな。自分の目で見て、自分の足で立て」

 

 ――マルセルが、伝えた言葉。
 闇の奔流の中で、リネットは思い出す。そしてその言葉が、リネットを救いだす、唯一の光となった。

 

 

 

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