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「ヒルトさん、あの、ごめんなさい。わたし思わず森の中まで追いかけてきちゃって」
「いや、オレも後先考えず走っていたのは同じだ。まさかこんな事態になるとは思ってもみなかった」

 

 ヒルトは苦く言う。その手はすでに、投げナイフを数本握っていた。彼と背中合わせになり、リネットは辺りを見回す。
 薄暗い木々の間から、人々の影がゆっくりと現れる。若い男が中心だが、白髪の老人も交じっていた。皆ぼろを着て、手にはクワや棒など、凶器を握りしめている。
 ざっと見て、30人ほどだろうか。彼らの目は、怒りを含んで煮えていた。
 ――村人だ。
 リネットは剣を抜くのを躊躇した。凶器を持っていると言っても、相手は平民である。いくらリネットが騎士として弱いとはいえ、彼らに負けるとは思えない。そして、平民に向かって剣を向けるという行為も、やはり考えられないのだ。
 失踪は彼らの意志だったのか。ならばなぜ?

 

「これは――エオウィン家の」

 

 村人の一人から、驚きの声が上がった。一人の青年が近づいてくる。

 

「マルセル王子の第一騎士、リネット・エオウィン殿ですね。まさか貴女(あなた)まで、こんな寂れた村にいらっしゃるとは想像もしなかったな」
「あなた、兵士? ということはパルタ・ジーク小隊長だね」

 

 リネットは慎重に、聞いた。彼が右手に、クワではなく剣を握っていたからだ。
 パルタは不遜な態度でリネットを見下ろす。

 

「これは光栄だな! 誉れ高きエオウィン家の騎士に、名前を憶えられているとは。兵士冥利に尽きますよ。例えそれが、贔屓とコネで今の地位についた『最弱』騎士殿だとしてもね」

 

 リネットは唇を引き結んだ。
 かねてから、そのような話を兵士たちがしていることは何となくわかっていた。けれど、面と向かって言われたのは初めてだ。
 分かっていたが、辛い。言い返せないのも、なおさら辛かった。
 けれどここでうつむいて何も言わないのは、今までの自分だ。リネットはマルセルのことを思う。もし、こういう時、マルセルならどう考える?
 パルタはあえて話をそらしている。わざとリネットを落ち込ませて、本題から矛先をずらそうとしているのだ。
 だからそれに乗ってはいけない。聞くべきことを聞くのだ。

 

「どうして村にいないの? 村はからっぽ、領主に何の報告もなし。王都は対策に乗り出し始めた。このままだと大変なことになるよ。理由があるならきちんと聞かせてほしい。正当な理由なら、対応するから」

 

 パルタは沈黙した。そして苦々しく、リネットを睨みつける。

 

「理由を聞かせてほしいだと? 『理由を知らない』こと自体が罪だと、なぜ分からない!」

 

 パルタの滾る怒りに、リネットは息を飲む。彼の背後に控える村人たちも、同様の視線でリネットを突き刺していた。

 

「領主は不当に税を徴収し、盗賊を取り締まらず、冬に飢えても備蓄を分けようともしない! 特別な産業などない、貧しいこの村にとっては、死ねと言っているようなものだ。そのような領主を野放しにするどころか、現状を知りもしないのは、地獄に落ちるに値する罪だ!」
「そ、それは――、本当に、ごめんなさい。言い訳するつもりはないけれど、前女王さまが突然崩御なされた直後で、まだ城内のこともままならなくって……それで、見落としがあったことは本当に申し訳ないと」
「騎士殿に謝られてもね。リネット殿は文官じゃない」

 

 パルタは吐き捨てるように言う。正論だ。リネットは政治のことに全く関わっていない。

 

「オレは最初、村のみんなが雲隠れしたことを知らなかった。だから里帰りしたときにもぬけのカラになっていた村に驚いて、報告を上げた。でもリュート王子はご自身の利に走り、まともに動いてくださらない。2度目に村に戻った時、父さんを見つけて真相を聞いた。オレは村のみんなと同意見だ。―ー無能な王に支配されるのをやめる。村を出て、森の奥でひっそりと暮らす。税を納めたり、兵役や雑徭(ぞうよう)に駆り出されることのない、穏やかな暮らしを手に入れるんだ」
「オレと同じだな。まあ、税は納めているが」

 

 ぽつりと背後でヒルトが言った。リネットには政治ことは分からない。でも、パルタたち村人が不当に蔑ろにされ、辛い思いをしてきたということは分かる。
 パルタはさらに続けた。

 

「それにこの王国の世襲制度にはうんざりだ。どんなに努力して功績を立てても、平民の俺はせいぜい小隊長どまり。その点エオウィン家はどうだ? どんな暗愚でも優遇される」
「おまえの一番の論点はそこだな。要するに、やっかみだ。生まれ落ちは運、運も実力の内と割り切ればいいものを」
「黙れ!」

 

 ヒルトの冷静な指摘に、パルタはいきり立った。リネットは慌てて、目でヒルトを制する。これ以上、パルタを激昂させたくない。
 パルタは舌打ちして、リネットを睨んだ。

 

「貴女もそのお歳にして、すでにマルセル王子の第一騎士だ。大して実力もない――オレよりも弱いというのに。噂では『儀式』で力の解放すらできないというじゃないですか」
「それはそうだけど、でも強くなるために精霊を――悪魔祓いをして、儀式をできるようにしたの。だからこれからはちゃんと戦えるよ。第一騎士の使命を果たしてマルセルさまを護るよ」

 

 一生懸命言い募るリネットを、パルタは鼻で笑った。

 

「悪魔祓い? バカバカしい。都合のいい言い訳ですね」
「そんなことない、わたしは嘘をついてない!」
「ならばオレと戦ってみますか?」
「何を言ってるの。同じ王国民同士で戦うなんてそれこそバカみたいだよ」
「オレが負けたら、貴女の『大切なお方』をお返ししますよ」

 

 リネットは絶句した。それはまさか――

 

 

 

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